漫画(ジャンプ系)
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穏やかな陽光が、じょうろから流れ落ちる水を照らしていた。ほとんど虫食いのない葉の上を、丸い水の玉が転がり落ちていく。即興の鼻歌を歌いながら、鉢植えの手入れをするナマエを観察するのが、シャカの日課であった。島の気候をまるごと操作することだってできるのだ。自動で水やりをするのはおろか、植物の生育スピードを操ることも朝飯前である。だが、何でもかんでも効率化すればいいわけでないことを、さすがのシャカでも知っている。
ナマエはベガパンクの知己の一人娘であった。分野こそ違えど熱心な研究者の一人だ。彼が人生を賭している研究が、この世界の有力者――世界政府のタブーに触れたのだ。悲しいことによくある話である。愛娘の身を案じた彼はベガパンクを頼り、ベガパンクもそれを受け入れた。一人分の食い扶持が増えたところで、何も知らない子ども一人増えたところで、この島やベガパンクの仕事に影響はない。ナマエの父親である彼が今どこで何をしているのかはベガパンクも知らなかった。下手に海軍と繋がっている自分が連絡を取り合うのはリスキーだろうという判断の元である。突如面識のない老爺の元に預けられたナマエが懐いたのは、女として設計されているリリスやヨークなどでなく、一見近寄り難そうなシャカであった。それが不可解だったのは、何を隠そうシャカ本人である。発生した疑問を、そのままにしておけないのは自分もまたベガパンクだからだろうか。
「……うーん、強いて言うなら、シャカが父さんに似てるから、なのかな」
シャカに投げかけられた疑問に、五十秒弱の間を置いてナマエはそう回答した。しかし、シャカの疑問は完全に解決したわけではない。シャカはナマエの父親に直接会ったことはなく、比較しようにもできないからだ。「似ている」の根拠が「一般的な成人男性」の形をしているという、それだけの可能性すらある。ともあれ、預かった子どもが一番自分に懐いているのは事実だ。それを無碍にするシャカではなかった。
「もうすぐ咲きそう!」
ナマエが嬉しそうに鉢植えの様子を報告してくる。その小さな素焼きのポッドは急にここに連れてこられた彼女の、唯一私物と言っていい持ち物だった。
「咲くのが楽しみだな」
うん、と頷くナマエの背がまた少し伸びていることにシャカは気がついた。己たちの研究の外で形作られるものが身近にあることは大変興味深い。花が咲くことそのものよりも、花が咲いたのを喜ぶナマエを見るのがシャカは楽しみだった。
数日後のことだ。鉢植えの蕾はまだ青く固い。シャカの横にあった図鑑に興味を持ったのだろう、ナマエの伸ばした手に一筋の赤い線が走っているのに、彼は気が付いた。この島に彼女を害するものがないとは言わないが、あれこれ構わずに首を突っ込むような愚かな子どもではないはずだ。見た目通り大したものではないとは思うが、念のためにシャカはナマエの小さな手を取った。
「見せてみなさい」
「ちょっと紙で切っただけだよ」
ナマエの申し開きを聞きながら、シャカはその些細な傷を検分して静かに頷く。
「消毒すれば大丈夫だろう」
「ありがと、と…」
ナマエが誤って「とうさん」と発声しかけたことが、シャカにはわかった。気にするなと言うべきか聞かなかったことにするべきか。どちらが正解なのかはベガパンクの天才的頭脳を持ってしても導けなかった。ギクシャクとした空気がふたりのあいだに流れる。
「ごめん!」
先に動いたのはナマエだった。シャカから手を放し、そう叫んで彼女は部屋を出ていく。その背中をただ見送って、シャカは嘆息した。
(……少なくともこれが正解であってはならない)
謝ることなど何もしていないのだ。子どもが保護者の前で気を抜いて何を悪いことがあろうか。まして、父親の影を見ている相手に。許されるならもう一度やりなおさせてほしかったし、次の機会があれば今度は失敗しないようにしたかった。その「今度」を迎える猶予が世情の側に残っていればだが。シャカは完成間近の「新兵器」のことに思いを馳せる。穏やかに見えるこの島だって、いつ事情が変わってどうなるとも知れない場所だ。彼女が来た頃からはまた、ずいぶん状況が変わった。この島が戦火に飲み込まれる前に、預かりもののこの娘をどこかできるだけ安全なところに隠さねばならぬ。親から離され、知らない大人の元を転々としなければいけない娘を、シャカは哀れに思った。
もしこの世界が抱えている問題が何一つ存在しないとすれば。どこかの、何のしがらみもない小さな島でナマエと暮らす自分をシャカは想像した。果たして、何も知らぬ人間からふたりが父子に見えるのか。公正なシャカの思考は、NOと結果を返してくる。それでも、そうシミュレーションしたことを無駄とは思えなかった。
せめて、次に彼女が身を寄せる場所ではこの鉢植えを根付かせることができればいい。そうシャカは思っている。
ナマエはベガパンクの知己の一人娘であった。分野こそ違えど熱心な研究者の一人だ。彼が人生を賭している研究が、この世界の有力者――世界政府のタブーに触れたのだ。悲しいことによくある話である。愛娘の身を案じた彼はベガパンクを頼り、ベガパンクもそれを受け入れた。一人分の食い扶持が増えたところで、何も知らない子ども一人増えたところで、この島やベガパンクの仕事に影響はない。ナマエの父親である彼が今どこで何をしているのかはベガパンクも知らなかった。下手に海軍と繋がっている自分が連絡を取り合うのはリスキーだろうという判断の元である。突如面識のない老爺の元に預けられたナマエが懐いたのは、女として設計されているリリスやヨークなどでなく、一見近寄り難そうなシャカであった。それが不可解だったのは、何を隠そうシャカ本人である。発生した疑問を、そのままにしておけないのは自分もまたベガパンクだからだろうか。
「……うーん、強いて言うなら、シャカが父さんに似てるから、なのかな」
シャカに投げかけられた疑問に、五十秒弱の間を置いてナマエはそう回答した。しかし、シャカの疑問は完全に解決したわけではない。シャカはナマエの父親に直接会ったことはなく、比較しようにもできないからだ。「似ている」の根拠が「一般的な成人男性」の形をしているという、それだけの可能性すらある。ともあれ、預かった子どもが一番自分に懐いているのは事実だ。それを無碍にするシャカではなかった。
「もうすぐ咲きそう!」
ナマエが嬉しそうに鉢植えの様子を報告してくる。その小さな素焼きのポッドは急にここに連れてこられた彼女の、唯一私物と言っていい持ち物だった。
「咲くのが楽しみだな」
うん、と頷くナマエの背がまた少し伸びていることにシャカは気がついた。己たちの研究の外で形作られるものが身近にあることは大変興味深い。花が咲くことそのものよりも、花が咲いたのを喜ぶナマエを見るのがシャカは楽しみだった。
数日後のことだ。鉢植えの蕾はまだ青く固い。シャカの横にあった図鑑に興味を持ったのだろう、ナマエの伸ばした手に一筋の赤い線が走っているのに、彼は気が付いた。この島に彼女を害するものがないとは言わないが、あれこれ構わずに首を突っ込むような愚かな子どもではないはずだ。見た目通り大したものではないとは思うが、念のためにシャカはナマエの小さな手を取った。
「見せてみなさい」
「ちょっと紙で切っただけだよ」
ナマエの申し開きを聞きながら、シャカはその些細な傷を検分して静かに頷く。
「消毒すれば大丈夫だろう」
「ありがと、と…」
ナマエが誤って「とうさん」と発声しかけたことが、シャカにはわかった。気にするなと言うべきか聞かなかったことにするべきか。どちらが正解なのかはベガパンクの天才的頭脳を持ってしても導けなかった。ギクシャクとした空気がふたりのあいだに流れる。
「ごめん!」
先に動いたのはナマエだった。シャカから手を放し、そう叫んで彼女は部屋を出ていく。その背中をただ見送って、シャカは嘆息した。
(……少なくともこれが正解であってはならない)
謝ることなど何もしていないのだ。子どもが保護者の前で気を抜いて何を悪いことがあろうか。まして、父親の影を見ている相手に。許されるならもう一度やりなおさせてほしかったし、次の機会があれば今度は失敗しないようにしたかった。その「今度」を迎える猶予が世情の側に残っていればだが。シャカは完成間近の「新兵器」のことに思いを馳せる。穏やかに見えるこの島だって、いつ事情が変わってどうなるとも知れない場所だ。彼女が来た頃からはまた、ずいぶん状況が変わった。この島が戦火に飲み込まれる前に、預かりもののこの娘をどこかできるだけ安全なところに隠さねばならぬ。親から離され、知らない大人の元を転々としなければいけない娘を、シャカは哀れに思った。
もしこの世界が抱えている問題が何一つ存在しないとすれば。どこかの、何のしがらみもない小さな島でナマエと暮らす自分をシャカは想像した。果たして、何も知らぬ人間からふたりが父子に見えるのか。公正なシャカの思考は、NOと結果を返してくる。それでも、そうシミュレーションしたことを無駄とは思えなかった。
せめて、次に彼女が身を寄せる場所ではこの鉢植えを根付かせることができればいい。そうシャカは思っている。
