漫画(ジャンプ系)
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波頭の仁王と呼ばれるその海兵の習慣のひとつに、毎朝のジョギングがある。そのルートは住んでいる寮から少し遠い地区までを往復するものであり、休日も雨の日も風の日も欠かしたことはない。そのたゆまぬ研鑽を続ける姿勢は、多くの部下たちの尊敬の対象となっている。
今日も彼は、朝日に目を細めながらメインストリートを一定のリズムで駆けていく。そのリズムがわずかにずれる場所があることは、彼本人の他に誰も知らない。その場所というのは、とある小さな店の前だ。看板におもちゃ屋とあり、張り出し窓にウサギやヒヨコのぬいぐるみが置いてある。しかし彼の目当ては店の奥にあるカウンター、その上に座っているぬいぐるみだった。その店に近付くにつれ、彼の足取りはわずかにゆっくりになる。何気なさを装って、仁王と呼ばれるその強面を窓のほうへ向けた。
(おはよう、チョッパーくん……)
カウンターの上のぬいぐるみに、彼は心の中で挨拶をする。チョッパーくんと呼ばれたぬいぐるみは、そのくりくりとした目を静かに窓の外へ向けていた。
そんなある非番の日のことである。重苦しく垂れこめる灰色の雲の下、彼はいつも通りのルートを走っていた。雨が降る前に、できれば件の店の前を通りたいものだ。そう考えながら彼は足を速めた。
すると件のおもちゃ屋の前で、掃除をしている人影があった。
(店の人間だろうか)
落とし始めたスピードを元に戻すべきか、彼は迷う。近づくにつれ、背格好がはっきりと見えてくる。自分よりも少し若い男だ。箒で地面のゴミを掃いている店員らしき男が、顔を上げてこちらを見た。目をそらすのはかえって怪しい気がしたので、素知らぬ顔で歩を進める。それでも、横目で張り出し窓を覗くのはやめられなかった。ちら、と視線を移したその時だ。
「もしご興味あるなら、見ていかれますか?」
「え?」
急なことで、間の抜けた声を出してしまった。店員の男は、威圧感のかけらもない顔で笑う。
「よく見てくれてますよね、うちのぬいぐるみたち」
(ばれていたのか!?)
実は店の中にいたのだろうか。いつから? どれくらい見られていた? 海賊を前にしても汗ひとつかかない男の背中に、にわかに冷や汗が吹き出す。その心情に呼応するように、雷鳴が轟き雨粒が地面を濡らした。
「雨宿りしていってください」という言葉に押されるがまま、海兵はおもちゃ屋へと足を踏み入れた。外からずっと見ていた空間に自分がいるというのが信じがたく、また自分のようなむさくるしい独り身の男には不似合いに思えて彼は大きな体を少し丸めた。窓ガラスを雨が叩く音が自分を苛むようだ。
「どうぞ、好きに見てください。触ってもらっても大丈夫ですよ」
カウンターに置かれたスタンドライトを点けながら、おもちゃ屋の男はにこやかに言う。
「あ、あぁ……」
ぎょろりとした海兵の目は、チョッパーのぬいぐるみについつい吸い寄せられる。
「ここのぬいぐるみたちは、きみが?」
ひとつのぬいぐるみだけを見ていることを取り繕うように、店の男に訊くと彼は笑顔のままで肯定する。
「そうですよ。まあこれだけで生計は立てられてないんですけど……」
苦笑する店の男の手にはうっすらと機械油らしき黒い汚れが染みついていた。おおかた造船所などで働いているのだろう。
「こんなに可愛らしいのにか……」
海兵はそうぽつりと零してから、失言をしたことに気が付いて慌てた。店の男が椅子を蹴倒さん勢いで立ち上がる。
「可愛くできていますか?」
上ずった声は、海兵を咎めるものではなかった。店の男よりも恵まれた体型をしているのに、海兵は気圧される。
「あ、あぁ……特にこのチョッパーくん……いや、チョッパーなんて本当にそっくりだ」
「本当ですか!?」
ぐ、と店の男は海兵に顔を近づけてから我に返ったように離れた。
「すいません、そのぬいぐるみは彼の手配書の写真だけで作ったので自信がなかったんです……」
「あの写真だけでこれを?」
海兵は感嘆する。自分は氷塊を受け止めたり海賊を殴り飛ばしたりできるが、手配書以外の写真を持っていたところで逆立ちしたってこんなに可愛らしいぬいぐるみは作れないだろう。
「海兵さんですよね。頂上戦争でも活躍されたって、新聞で見ました」
巨大な氷塊を前にしても竦まなかった海兵の体が、ぎくりと強張った。海軍の人間がぬいぐるみとはいえ海賊に惹かれるなんて、あるまじきことだ。しかもそれが一般市民にバレてしまうなんて。今度は首筋にびっしりと汗が噴き出す。ぬいぐるみの作者たるその男は何かを考え込んでいて海兵の逡巡に気付いていないようだ。海兵が何かごまかしの言葉を口にする前に、意を決したように店の男が頭を下げた。
「あの、海兵さんなら手配書以外にもチョッパーさんの写真とか持ってたりしませんか? 資料として見せてもらえませんか?」
(強面で、それなりの立場がある自分にそんなことを頼むのは彼にとって勇気の必要なことだろう)
改めてチョッパーのぬいぐるみを見ると、角の形や服の模様が不正確であった。それに気が付いても、ぬいぐるみの魅力は少しも損なわれない。むしろ、正確な造形に修正され「完璧」になってしまったらどうなってしまうのだろう。海兵はごくりと生唾を飲んだ。
「……それを、どうして私に?」
「ぬいぐるみをそんな愛おしそうに見てくれる人だから、ですかね」
海兵は、初恋の相手を言い当てられた乙女のように赤面した。頬の熱さを追い払うために咳払いをして、海兵は「分かった」とだけ返事をした。
「協力するのはやぶさかでないが、このことはくれぐれも他言しないでくれ」
「言いませんよ、誰にも」
海兵の固い声とは裏腹に、さも当たり前のような軽さで男は答える。
「海賊のぬいぐるみ作成に協力してるのは、外聞が悪いですもんね」
「あぁ……」
海兵は安堵の息を吐いた。
「もしよければ、いつでも来てください。うちのチョッパーさん以外の子たちにも会いに来てくださいよ」
男は、よろしくお願いします、とチョッパーのぬいぐるみの手を取って差し出す。海兵は恐々と布でできたその小さな手を握った。思った以上に小さく感じたのもまた本物みたいだと彼は思う。血が通っていないはずなのに、なぜか温かく感じるのが不思議だった。
「雨が上がったみたいですね」
男の声に窓の方を見ると、すがすがしい午前中の日差しが窓際のぬいぐるみを照らしていた。
「も、もう少し見させてもらってもいいだろうか」「好きなだけどうぞ」
海兵の申し出に、男は嬉しそうに笑った。海兵はその大きな手をそっとチョッパーのぬいぐるみの頭に乗せた。組織の中以外で、子どもの頃からの仲以外で友人と呼べる存在ができそうなことに戸惑っている彼に、ぬいぐるみの丸さはよく寄り添っている。
今日も彼は、朝日に目を細めながらメインストリートを一定のリズムで駆けていく。そのリズムがわずかにずれる場所があることは、彼本人の他に誰も知らない。その場所というのは、とある小さな店の前だ。看板におもちゃ屋とあり、張り出し窓にウサギやヒヨコのぬいぐるみが置いてある。しかし彼の目当ては店の奥にあるカウンター、その上に座っているぬいぐるみだった。その店に近付くにつれ、彼の足取りはわずかにゆっくりになる。何気なさを装って、仁王と呼ばれるその強面を窓のほうへ向けた。
(おはよう、チョッパーくん……)
カウンターの上のぬいぐるみに、彼は心の中で挨拶をする。チョッパーくんと呼ばれたぬいぐるみは、そのくりくりとした目を静かに窓の外へ向けていた。
そんなある非番の日のことである。重苦しく垂れこめる灰色の雲の下、彼はいつも通りのルートを走っていた。雨が降る前に、できれば件の店の前を通りたいものだ。そう考えながら彼は足を速めた。
すると件のおもちゃ屋の前で、掃除をしている人影があった。
(店の人間だろうか)
落とし始めたスピードを元に戻すべきか、彼は迷う。近づくにつれ、背格好がはっきりと見えてくる。自分よりも少し若い男だ。箒で地面のゴミを掃いている店員らしき男が、顔を上げてこちらを見た。目をそらすのはかえって怪しい気がしたので、素知らぬ顔で歩を進める。それでも、横目で張り出し窓を覗くのはやめられなかった。ちら、と視線を移したその時だ。
「もしご興味あるなら、見ていかれますか?」
「え?」
急なことで、間の抜けた声を出してしまった。店員の男は、威圧感のかけらもない顔で笑う。
「よく見てくれてますよね、うちのぬいぐるみたち」
(ばれていたのか!?)
実は店の中にいたのだろうか。いつから? どれくらい見られていた? 海賊を前にしても汗ひとつかかない男の背中に、にわかに冷や汗が吹き出す。その心情に呼応するように、雷鳴が轟き雨粒が地面を濡らした。
「雨宿りしていってください」という言葉に押されるがまま、海兵はおもちゃ屋へと足を踏み入れた。外からずっと見ていた空間に自分がいるというのが信じがたく、また自分のようなむさくるしい独り身の男には不似合いに思えて彼は大きな体を少し丸めた。窓ガラスを雨が叩く音が自分を苛むようだ。
「どうぞ、好きに見てください。触ってもらっても大丈夫ですよ」
カウンターに置かれたスタンドライトを点けながら、おもちゃ屋の男はにこやかに言う。
「あ、あぁ……」
ぎょろりとした海兵の目は、チョッパーのぬいぐるみについつい吸い寄せられる。
「ここのぬいぐるみたちは、きみが?」
ひとつのぬいぐるみだけを見ていることを取り繕うように、店の男に訊くと彼は笑顔のままで肯定する。
「そうですよ。まあこれだけで生計は立てられてないんですけど……」
苦笑する店の男の手にはうっすらと機械油らしき黒い汚れが染みついていた。おおかた造船所などで働いているのだろう。
「こんなに可愛らしいのにか……」
海兵はそうぽつりと零してから、失言をしたことに気が付いて慌てた。店の男が椅子を蹴倒さん勢いで立ち上がる。
「可愛くできていますか?」
上ずった声は、海兵を咎めるものではなかった。店の男よりも恵まれた体型をしているのに、海兵は気圧される。
「あ、あぁ……特にこのチョッパーくん……いや、チョッパーなんて本当にそっくりだ」
「本当ですか!?」
ぐ、と店の男は海兵に顔を近づけてから我に返ったように離れた。
「すいません、そのぬいぐるみは彼の手配書の写真だけで作ったので自信がなかったんです……」
「あの写真だけでこれを?」
海兵は感嘆する。自分は氷塊を受け止めたり海賊を殴り飛ばしたりできるが、手配書以外の写真を持っていたところで逆立ちしたってこんなに可愛らしいぬいぐるみは作れないだろう。
「海兵さんですよね。頂上戦争でも活躍されたって、新聞で見ました」
巨大な氷塊を前にしても竦まなかった海兵の体が、ぎくりと強張った。海軍の人間がぬいぐるみとはいえ海賊に惹かれるなんて、あるまじきことだ。しかもそれが一般市民にバレてしまうなんて。今度は首筋にびっしりと汗が噴き出す。ぬいぐるみの作者たるその男は何かを考え込んでいて海兵の逡巡に気付いていないようだ。海兵が何かごまかしの言葉を口にする前に、意を決したように店の男が頭を下げた。
「あの、海兵さんなら手配書以外にもチョッパーさんの写真とか持ってたりしませんか? 資料として見せてもらえませんか?」
(強面で、それなりの立場がある自分にそんなことを頼むのは彼にとって勇気の必要なことだろう)
改めてチョッパーのぬいぐるみを見ると、角の形や服の模様が不正確であった。それに気が付いても、ぬいぐるみの魅力は少しも損なわれない。むしろ、正確な造形に修正され「完璧」になってしまったらどうなってしまうのだろう。海兵はごくりと生唾を飲んだ。
「……それを、どうして私に?」
「ぬいぐるみをそんな愛おしそうに見てくれる人だから、ですかね」
海兵は、初恋の相手を言い当てられた乙女のように赤面した。頬の熱さを追い払うために咳払いをして、海兵は「分かった」とだけ返事をした。
「協力するのはやぶさかでないが、このことはくれぐれも他言しないでくれ」
「言いませんよ、誰にも」
海兵の固い声とは裏腹に、さも当たり前のような軽さで男は答える。
「海賊のぬいぐるみ作成に協力してるのは、外聞が悪いですもんね」
「あぁ……」
海兵は安堵の息を吐いた。
「もしよければ、いつでも来てください。うちのチョッパーさん以外の子たちにも会いに来てくださいよ」
男は、よろしくお願いします、とチョッパーのぬいぐるみの手を取って差し出す。海兵は恐々と布でできたその小さな手を握った。思った以上に小さく感じたのもまた本物みたいだと彼は思う。血が通っていないはずなのに、なぜか温かく感じるのが不思議だった。
「雨が上がったみたいですね」
男の声に窓の方を見ると、すがすがしい午前中の日差しが窓際のぬいぐるみを照らしていた。
「も、もう少し見させてもらってもいいだろうか」「好きなだけどうぞ」
海兵の申し出に、男は嬉しそうに笑った。海兵はその大きな手をそっとチョッパーのぬいぐるみの頭に乗せた。組織の中以外で、子どもの頃からの仲以外で友人と呼べる存在ができそうなことに戸惑っている彼に、ぬいぐるみの丸さはよく寄り添っている。
