吸死

 新幹線止まるだけの虚無とはいえ、新横浜はそこそこの都会である。吸血鬼が跋扈していることを差し引いても夜もそれなりに活気があり、出歩いている子どももたまに見かける。
 そんな人間たち相手に、下半身透明はお化けのあっちゃんと日々廃病院で活動しているわけである。その小学生も、最初はどうやら友人たちの間ではやっている噂を聞いてやってきたらしかった。
「だからって一人で来るとか」
 ハブられてんの?  と言外に訊く下半身透明の言葉に、その小学生女子は「塾帰りだったから」とだけ答えた。大体こんなところに来る子どもなんて皆喋りたがりはしゃぎたがりであったから、彼にはこの口数の少ない大人しい(ように見える)小学生は新鮮だった。塾帰りと言うだけあって、そこに通っている子どもたちが揃いで背負っている青い鞄が彼女の背中にもあった。夏期講習中だというその子どもは、それから頻繁に廃病院に遊びに来るようになった。夜の八時や九時は肝試しにはまだ早く、下半身透明とあっちゃんも暇をしていたのでくだらない話やらゲームやらをしているうちに何となく見知った仲になったのだった。妹がいるという彼女は、あっちゃんともよく遊んでいる。最初は驚いていたようだったが、さっさと慣れて、きっと妹にもしていることをあっちゃんにもしている。姉や兄という生き物は吸血鬼だろうが人間だろうが、また十年程度しか生きていなかろうがそういうものらしかった。よく電気のついた明るい場所で、テキストの中の面白い物語を読んでやったり、何やら動画を一緒に見たりしている。
「えっお兄さんもお化けじゃないの?」
 この少女の大声を、下半身透明は初めて聞いた。世間話のつもりで、吸血鬼だからねぇという適当な相槌を打っただけだ。しかしそれが彼女には意外だったらしい。わざわざあっちゃんに見せていた理科のテキストから目を離して、下半身透明のほうを見上げた。あっちゃんは大声に驚いて、つぶらな目をさらに開いている。
「吸血鬼だよ」
「足がないからお化けだと思ってた……あっちゃんも吸血鬼なの?」
「あっちゃんはお化け。俺の足は無いように見せてるだけ」
 わけわかんない、と彼女は顔をしかめる。
「見えないのに触れるの?」
 触ってみる? と聞いたがあっさりと断られる。小学生は警戒心が強いのか弱いのか分からない。
「というか、この街の人間って本当に吸血鬼とか怖がらないよね」
「だってうちのクラスにもダンピールの子いるし。他の学年にも吸血鬼の子いるらしいし。お兄さんも小学校行ってたんじゃないの?  何小?」
 あまりにも当たり前のように放たれた「ナニショウ?」という問いかけは、下半身透明には耳慣れない音だったため変換に時間がかかった。ややあって正しく変換した彼は、「そんな昔のこと忘れちゃったな」とだけ返した。
 
 廃病院に遊びに来ている癖して、そこに出るお化けと仲良くしている彼女は、今日は動画を一緒に見ているようだった。下半身透明も暇をしていたので、彼女たちの後ろからキッズスマホを覗き込む。普通にヌーチューブが見られるのかと思ったら、親がかけたパスワードを勝手に突破しているだけらしかった。しつこくねだられたので、廃病院に設置した無線LANに繋いでやっている。
 アニメの内容は、夏休みに祖父母の家に行った子どもが色々と不思議な体験をするというものだった。そも、今の彼女が(祖父母の家なんかに行かずとも)ほぼ似たような似たような状況に置かれていることに言及するような「人間」はこの場にはいなかった。妖怪として登場する異形について、そういう下等吸血鬼がいたなぁと下半身透明は思っている。野暮だから言わないが。
「そういえば、このうるさいBGM? 効果音? 何なの?」
「は? どれ?」
 彼女が首をかしげるのに合わせて、あっちゃんも体を傾ける。
「いやこの、ミーンミーン、みたいな音」
「セミの声だよ。吸血鬼は昼間寝てるから聞いたことないの?」
「せ み、ぬけがらあ るよ」
 あっちゃんがどこからか取り出してきた茶色い虫の抜け殻を見て、少女はすごいじゃんと手に取った。
「アブラゼミかな」
 下半身透明には、ただのカサカサしたゴミにしか見えないが彼女たちには興味深いものとして映っているらしい。
「そいつが鳴くの?」
「これは幼虫だから鳴かないよ。成虫になったら鳴くんだよ、ほらこれ」
 わざわざスマホに映してくれても、下半身透明には「虫は足が多くて気持ち悪いなぁ」程度の感想しか浮かばない。
「おなかを震わせて鳴くんだよ」
 たしかにさっきのアニメのBGMと同じ音が動画から流れている。あっちゃんはそれにくぎ付けになっていた。図鑑とか買ってもいいのかもな、と下半身透明は思う。
「成虫は夜はたぶん寝てるから、抜け殻でも探しに行く?」
「い いく」
「あんま遠くには行っちゃだめだよ!」
 暑いし、虫あんま得意じゃないし、という理由で同行しなかった下半身透明であった。しかしあまりにも二人が帰ってこなかったため様子を見に行くと、羽化中のセミにはりついていたし、後日病院の至るところにセミの抜け殻が並ぶ羽目になった。
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