吸死
蒸し暑い夜、排水溝にギチギチに詰まった下等吸血鬼をどうにかこうにか処理したロナルドたちはやっとの思いでギルドに帰ってきた。夏の夜は短い。もう東の空は白み始めていた。なので、ギルドに戻るのは他の仕事の為ではなく「帰る前に冷たい飲み物でも飲まないとやっていられない」というしごく私的な理由であった。
「外あっちィ〜〜」
ギルドの扉を開けて、退治人たちは冷房の涼しい風を全身に受ける。ロナルドもその端正な顔を冷風に緩ませて、大きなため息をついた。
「お疲れ様です、みなさん」
声の主はゴウセツでもコユキでもなかった。カウンター席の女である。彼女を認めた瞬間、ロナルドの背筋がピンと伸びた。
「アッ、お疲れ様です!」
その変わりように、後ろから見ていたショットやメドキは顔を見合わせてこっそり笑った。彼女こそロナルドが片思いしている相手であった。カメ谷の同僚で、取材に帯同してきたことがそもそもの出会いだ。好きな相手にどぎまぎしている友人を面白がったカメ谷が、最近よく取材に送り込んでくるのだ。多少は応援の意も込められているのだろうが、文字通り腹を抱えて笑う様子ばかりを見ているロナルド本人には伝わっていない。また、彼女本人がどう思っているのかはカメ谷すらあずかり知らぬことである。
「今夜はどんなお仕事だったんですか?」
単純に取材としての質問だったが、まともに答えられないロナルドは恥じらう乙女のようにサテツの影に隠れる。
「えっと……そんな面白いもんじゃないっすよ。下等吸血鬼の……」
サテツはロナルドの挙動に困惑しながらも、代わりに受け答えをした。興味深そうに頷く彼女の顔を、ロナルドは眩しそうに盗み見ている。
「……ありがとうございます。また皆さんよろしくお願いしますね」
一通りの話を聞いた女記者は、深々と一礼した。「皆さん」に自分も含まれていることを、ロナルドは噛みしめる。カウンター席から見ているドラルクは呆れ顔だ。
「では、失礼しますね」
そんな二人の態度をつゆ知らず、彼女は深々と礼をしてギルドを退出した。その背中を見届けて、ロナルドは深々と息を吐く。すかさずショットが彼の脇腹をつついた。
「話してかないと進む関係も進まないぜ」
「うるせー」
他人事のため、偉そうな口を利くショットにぶっきらぼうに返したロナルドは、ガラス窓を叩く雨音に気が付いた。その動きにつられて、外を見たゴウセツは独り言のように呟く。
「あの記者さん、傘持っているようには見えませんでしたねえ」
うちにも予備の傘はありますが、とゴウセツが言い終わる前に、ロナルドは店の外へ駆け出していた。その姿が夜明け前の闇に消えるのと同時に、雨脚はさらに強くなっていった。
残された面子でわいわいロナルドと女記者の行く末を予想していたが、五分ほど経った頃だ。ドアが開く音がして、皆そちらへ注目する。そこには、手ぶらで濡れ鼠と化したロナルドが立っていた。その場はにわかに騒然とする。
「な、何があったんだ……?」
犬のように、ぶるぶるとロナルドは頭を振る。
「いや……その……」
「なんだ、はっきりしない奴だな」
「傘は? 渡せたんですか?」
「駅まで送ればよかったのに」
「甲斐がない男ね」
スキャンダルを起こした芸能人のように囲まれたロナルドに、周りは好き勝手な言葉を浴びせかける。ロナルドが小さく見えるのは、濡れて萎んでいるからではない。蚊の鳴くような小さな声で、彼は申し開きをする。それを聞き取るために、ギルドは静かになった。
「ぬ、『濡れるの好きなんで!』って言って押し付けてきた……」
ロナルドの言葉を聞き終わっても、辺りは静まり帰っている。沈黙を破ったのはドラルクであった。
「トトロのカンタのほうがまだスマートだぞ」
やーい小五以下、と言い終わる前に右ストレートでドラルクは砂にされた。サテツとショットはロナルドに同情的である。この調子では関係が発展するのはまだ先になりそうだ、とゴウセツは心の中で嘆息した。
「外あっちィ〜〜」
ギルドの扉を開けて、退治人たちは冷房の涼しい風を全身に受ける。ロナルドもその端正な顔を冷風に緩ませて、大きなため息をついた。
「お疲れ様です、みなさん」
声の主はゴウセツでもコユキでもなかった。カウンター席の女である。彼女を認めた瞬間、ロナルドの背筋がピンと伸びた。
「アッ、お疲れ様です!」
その変わりように、後ろから見ていたショットやメドキは顔を見合わせてこっそり笑った。彼女こそロナルドが片思いしている相手であった。カメ谷の同僚で、取材に帯同してきたことがそもそもの出会いだ。好きな相手にどぎまぎしている友人を面白がったカメ谷が、最近よく取材に送り込んでくるのだ。多少は応援の意も込められているのだろうが、文字通り腹を抱えて笑う様子ばかりを見ているロナルド本人には伝わっていない。また、彼女本人がどう思っているのかはカメ谷すらあずかり知らぬことである。
「今夜はどんなお仕事だったんですか?」
単純に取材としての質問だったが、まともに答えられないロナルドは恥じらう乙女のようにサテツの影に隠れる。
「えっと……そんな面白いもんじゃないっすよ。下等吸血鬼の……」
サテツはロナルドの挙動に困惑しながらも、代わりに受け答えをした。興味深そうに頷く彼女の顔を、ロナルドは眩しそうに盗み見ている。
「……ありがとうございます。また皆さんよろしくお願いしますね」
一通りの話を聞いた女記者は、深々と一礼した。「皆さん」に自分も含まれていることを、ロナルドは噛みしめる。カウンター席から見ているドラルクは呆れ顔だ。
「では、失礼しますね」
そんな二人の態度をつゆ知らず、彼女は深々と礼をしてギルドを退出した。その背中を見届けて、ロナルドは深々と息を吐く。すかさずショットが彼の脇腹をつついた。
「話してかないと進む関係も進まないぜ」
「うるせー」
他人事のため、偉そうな口を利くショットにぶっきらぼうに返したロナルドは、ガラス窓を叩く雨音に気が付いた。その動きにつられて、外を見たゴウセツは独り言のように呟く。
「あの記者さん、傘持っているようには見えませんでしたねえ」
うちにも予備の傘はありますが、とゴウセツが言い終わる前に、ロナルドは店の外へ駆け出していた。その姿が夜明け前の闇に消えるのと同時に、雨脚はさらに強くなっていった。
残された面子でわいわいロナルドと女記者の行く末を予想していたが、五分ほど経った頃だ。ドアが開く音がして、皆そちらへ注目する。そこには、手ぶらで濡れ鼠と化したロナルドが立っていた。その場はにわかに騒然とする。
「な、何があったんだ……?」
犬のように、ぶるぶるとロナルドは頭を振る。
「いや……その……」
「なんだ、はっきりしない奴だな」
「傘は? 渡せたんですか?」
「駅まで送ればよかったのに」
「甲斐がない男ね」
スキャンダルを起こした芸能人のように囲まれたロナルドに、周りは好き勝手な言葉を浴びせかける。ロナルドが小さく見えるのは、濡れて萎んでいるからではない。蚊の鳴くような小さな声で、彼は申し開きをする。それを聞き取るために、ギルドは静かになった。
「ぬ、『濡れるの好きなんで!』って言って押し付けてきた……」
ロナルドの言葉を聞き終わっても、辺りは静まり帰っている。沈黙を破ったのはドラルクであった。
「トトロのカンタのほうがまだスマートだぞ」
やーい小五以下、と言い終わる前に右ストレートでドラルクは砂にされた。サテツとショットはロナルドに同情的である。この調子では関係が発展するのはまだ先になりそうだ、とゴウセツは心の中で嘆息した。
