その他

無限が呼ばれた骨董屋は、龍游ほどではないが妖精が人間に混じって暮らす街にあった。大通りから少し外れたその店の入り口を無限はくぐった。店内は竜巻にでも荒らされたのかという有様であった。すると、小柄な店主がその正体に似つかわしいなまず髭を揺らしながら、無限に駆け寄った。
「無限様!」
「何があった」
端的な問いに、店主は小さな眼をしぱたたかせる。
「それがですねえ……わたくしめにもよく分からんのです……。最近まとめて入った焼き物を紹介したら、急に血相を変えて……」
いつもは穏やかな奴なのですが、と店主は首を傾げる。
「それで、その彼はどこだ?」
「中庭のほうに行きましたです」
店主は奥の扉を指さす。割れた陶器や破れた掛け軸を避けながら、無限はそちらへ歩きだした。

中庭もまた、地面がえぐられ大木には大きな爪痕が残っていた。本当は美しい庭なのだろう。一見、誰もいないように見えたが無限には隅にうずくまっている者の気配が分かった。丸く刈られたつつじの植え込みの影に、灰色の毛むくじゃらが丸まっていた。
「おい」
無限の声に振り向いた獣面は犬、あるいは狼だろうか。こんな妖精ごとき、無限は瞬きの間に無力化できる。そうするつもりだったのに、しなかったのは彼が長い鼻先をず、と鳴らしたからだ。泣いていたのかもしれない、とさすがの無限でも察しがついた。
「…………何か用か」
「どうして、店を壊したんだ」
「そんなの自分でも分からねえよ」
ぶっきらぼうに答える妖精の横に転がっているのは、少し歪な茶碗だった。この状況の渦中にあって、欠けのないそれを無限は拾い上げる。
「返せ!」
怒鳴り声と共に伸ばされた手を無限は容易く避けた。茶碗の底をあらためた無限は、棒で引っ搔いて書いたような文字が刻まれているのに気が付いた。
「それは、俺が作ったものだ」
ぐるる、と牙を剥いて妖精は唸った。
「そうか、なら返す」
ひょい、と無限が茶碗をあっさりと差し出してきたので妖精は拍子抜けする。本院は勢い余って地面に激突したが、受け取った茶碗は反射的に庇ったので傷ひとつ付かなかった。それを確認した妖精は、安堵のため息をついて地面に寝転がった。
「…………これはおれが、友だと思った人間に贈ったものだ。見様見真似で作ったから上手な出来とは言えないが……それでもあいつは喜んだ。趣味のいい奴ではなかったが、それでも愉快な奴だったよ」
それが今日、と妖精はその鋭い牙を剥きだしにする。
「あのナマズ爺の店に並んでいた。これがどういうことか分かるか? あいつはおれがあげた茶碗を売り飛ばしたんだ」
なあ、と妖精は銀色の鋭い眼で無限を見た。
「人間というのは、ほんのわずかな時間離れただけで、そこまで薄情になれるもんか?」
無限は答えなかった。薄情になれる人間も、なれない人間も同じくらい見てきたのだ。それは他の妖精に対してであったり、自分自身に対してだったりした。しかし無限に詳しく説明する気はなかった。どうしたものかと彼が考え始めたとき、店主がその短い足で駆けよってきた。
「無限様!」
どうでしょう、と見上げてきた店主に無限は中庭でのやりとりを簡潔に説明する。
「はあ、そんなことで……」
店主はさも呆れたというように店と庭を荒らした当人を見た。そして慌ててそのボサボサの毛並みを引っ張る。
「そうだ、それを売りに来た人間がまた店に来てるんだ。文句があるならそいつに言っとくれ!」
「何!?」
にわかに起き上がった獣人の妖精は、ちゃっかりと人間に姿を変えて茶碗を無限の手からひったくると店のほうへ駆けて行った。店主がその後ろを慌てて付いていく。無限もそれに従った。

客の男は、店が荒れていることに驚いた。が、すぐに奥から足音が聞こえたので、店の人間はいるのだろうと判断する。
「すみませーん!」
奥から出てきたのは、男より少しばかり年上の青年だった。彼はぎろりと鋭い目つきで男を睨む。
(それが客に対する態度なのかよ)
男はそう思ったが、以前対応してくれたなまず髭の小男は礼儀正しかった。そうなると、この青年は新入りか何かなのだろう。男はそう判断して溜飲を下げる。細かいことを気にしないのが彼の美点でもあり欠点でもあった。
「死んだ爺さんのため込んだ茶器やら壺やらがまだ出て来たんだ。買取りを頼めるか?」
そう言った男の鼻先に、青年は茶碗を突き付ける。
「こいつもその、死んだ爺さんとやらの持ち物だったのか?」
男は目を白黒させる。祖父のコレクション全てをいちいち覚えてはいなかったが、そのやけに分厚い茶碗には見覚えがあった。他の物に比べ、やけに不格好だったから印象に残っていたのだ。
「あ、ああ……そうだ、けど」
「そうか。ならお前はあいつの孫か」
突然、青年の勢いが失われる。崩れ落ちるように椅子に腰かけた青年がぶつぶつと口の中で呟いた言葉は、ただの人間には聞き取れない。しかし物陰で様子を伺っていた無限と店主にははっきりと分かった。
「あいつの孫がすぐに分からないとは、おれも人間に混じって随分耄碌したものだ。おれが耄碌するほどだから、なるほど、あいつは死んだのか。」
そうか、と繰り返す青年はまたがばりと起き上がって客の男に顔を近づけた。青年の友人であった人間と、その孫は全然似ていない。しかし、よくよく確認すれば確かに似た匂いを感じられた。青年は、客の肩をがしりと掴む。
「お前の爺さんの話を聞かせてくれないか。どうせここの店主が値付けをする間はお前も暇だろう」
「いいけど……」

来いよ、と手招きされた店主は髭を捻りながらため息をついた。
「なんだあいつ! 勝手に暴れ回って勝手に得心しやがって」
「どうする?」
無限にそう問われた店主は、じろりとその顔を見上げた。
「旦那も人が悪い。片付けと店の手伝いをしばらくやらせて、それで手打ちにしてやりますよ。彼奴とは知らない仲でもないんでね」
「そうか」
付き合いの長い者が見れば、無限の口元がわずかにほころんでいるのが分かっただろう。しかし店主は片付けの算段を立てていたから、それには気が付かなかった。
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