ゲーム作品
仮面カフェのカウンターの隅で、阿形松之助はエージェントをぼんやりと観察していた。仮面に隠れているから、十全には分からないがエージェントは至極穏やかに接客しているように見える。それを本人に言っても「阿形さんだってバイトのときは似たような感じでしょう」と謙遜するのだが。松之助の職場には話好きの主婦や偉そうな老人くらいは襲来するが、この店のように失恋と酒に溺れた客だの、酒や料理のうんちくを働いている若者に語りたがるような壮年男性はいない。彼ら彼女らのとりとめもない話を聞いているエージェントは、唇に笑みすら浮かべている。一通りの客足が落ち着いたのを見て、エージェントは松之助のほうへやってくる。
「お構いできずごめんなさい。奥で待っててもらってよかったのに」
仮面がないほうが、気楽じゃないですか? とエージェントは首を傾げる。しかし、松之助はエージェントのことを見ていたかったのだ。奥の部屋では意味がないし、仮面は視線を誤魔化すのにちょうどよかった。それを正直に言う訳にはいかない松之助は、とりあえず笑顔を作る。
「いや、特に用事があるわけじゃあないから大丈夫だ」
松之助は軽く片手をあげて、そう断った。空いたグラスに水を継ぎながら、エージェントは礼を言う。
「なら、また阿形さんたちのホテルに遊びに行っていいですか? もう少しで休憩なので」
嬉しさが顔に溢れないように松之助は努力した。
「ああ、もちろん」
エージェントが、マッドガイのねぐらに用もなく遊びに来るときは、彼らが使っていない上層階に行きたいということだ。一度、こっそり来ていたところを松之助が見つけたのだ。整備しているのは自分たちの住んでいる部屋くらいである。一人では危ないから、自分に声をかけてほしい。松之助のその頼みをエージェントは律儀に受け入れている。
狂介はバイト、為士もどこかへ創作のインスピレーションを得るために出かけたのだろう。静まり返った廃ホテルの階段を、二人で黙々と上がる。元々レストランだったらしいそのフロアは、一面に窓が貼られている。その窓ガラスも今や何枚か割れていた。什器はすでに運び出されて、ただがらんとした広い空間のみが広がっていた。
「景色のいい場所なら、他にいくらでもあるだろ?」
ガラス片を避けて、窓へ近付くエージェントの背中に松之助は話しかける。
「商業地区や企業地区は、にぎやかすぎて」
そうか、とだけ松之助は答えてエージェントの隣に並んだ。汚れの堆積した窓枠は灰色にざらついている。エージェントの横顔を、彼は盗み見た。
戴天や宗雲のような一見取り付く島もない相手にもよく食いついていくし、為士のスイートルームの件なんかにもエージェントが根気よく対応していくところを松之助は見ている。また、松之助自身が吐露した復讐心のことも受け入れてすらいる。今、黙って海を見ているその静かな目を、どうしたら揺らすことができるのだろう。最近松之助はそればかり考えている。その静謐さに惹かれているはずなのに、波一つない湖面に石を投げ込むように、かき乱してみたいと思う。かき乱してなお、受け入れてくれるのかを試したいのかもしれなかった。
「きみ、まつげに……」
ごみが、という松之助の小さな嘘をエージェントは疑わなかった。
「俺がとるよ」
手を伸ばした松之助に、お願いしますと言ってエージェントは目を閉じる。
(なんて無防備な)
出まかせを取り繕うため、指先でエージェントのまぶたに指を伸ばした。触れるか触れないかのところで、松之助は指を引っ込める。いざという場面で、それ以上のことをする度胸はまだなかった。
「お構いできずごめんなさい。奥で待っててもらってよかったのに」
仮面がないほうが、気楽じゃないですか? とエージェントは首を傾げる。しかし、松之助はエージェントのことを見ていたかったのだ。奥の部屋では意味がないし、仮面は視線を誤魔化すのにちょうどよかった。それを正直に言う訳にはいかない松之助は、とりあえず笑顔を作る。
「いや、特に用事があるわけじゃあないから大丈夫だ」
松之助は軽く片手をあげて、そう断った。空いたグラスに水を継ぎながら、エージェントは礼を言う。
「なら、また阿形さんたちのホテルに遊びに行っていいですか? もう少しで休憩なので」
嬉しさが顔に溢れないように松之助は努力した。
「ああ、もちろん」
エージェントが、マッドガイのねぐらに用もなく遊びに来るときは、彼らが使っていない上層階に行きたいということだ。一度、こっそり来ていたところを松之助が見つけたのだ。整備しているのは自分たちの住んでいる部屋くらいである。一人では危ないから、自分に声をかけてほしい。松之助のその頼みをエージェントは律儀に受け入れている。
狂介はバイト、為士もどこかへ創作のインスピレーションを得るために出かけたのだろう。静まり返った廃ホテルの階段を、二人で黙々と上がる。元々レストランだったらしいそのフロアは、一面に窓が貼られている。その窓ガラスも今や何枚か割れていた。什器はすでに運び出されて、ただがらんとした広い空間のみが広がっていた。
「景色のいい場所なら、他にいくらでもあるだろ?」
ガラス片を避けて、窓へ近付くエージェントの背中に松之助は話しかける。
「商業地区や企業地区は、にぎやかすぎて」
そうか、とだけ松之助は答えてエージェントの隣に並んだ。汚れの堆積した窓枠は灰色にざらついている。エージェントの横顔を、彼は盗み見た。
戴天や宗雲のような一見取り付く島もない相手にもよく食いついていくし、為士のスイートルームの件なんかにもエージェントが根気よく対応していくところを松之助は見ている。また、松之助自身が吐露した復讐心のことも受け入れてすらいる。今、黙って海を見ているその静かな目を、どうしたら揺らすことができるのだろう。最近松之助はそればかり考えている。その静謐さに惹かれているはずなのに、波一つない湖面に石を投げ込むように、かき乱してみたいと思う。かき乱してなお、受け入れてくれるのかを試したいのかもしれなかった。
「きみ、まつげに……」
ごみが、という松之助の小さな嘘をエージェントは疑わなかった。
「俺がとるよ」
手を伸ばした松之助に、お願いしますと言ってエージェントは目を閉じる。
(なんて無防備な)
出まかせを取り繕うため、指先でエージェントのまぶたに指を伸ばした。触れるか触れないかのところで、松之助は指を引っ込める。いざという場面で、それ以上のことをする度胸はまだなかった。
