ゲーム作品

秋の高い空を映した海は、穏やかだった。
「着いたぞ」
松之助のバイクの後ろに乗っていたエージェントは、フルフェイスのヘルメットを外した。深い青色のそれは、松之助と出かけるようになってから自分用に買ったものである。
「ありがとうございます」
「疲れてないか?」
「私は後ろに座ってただけですからね。むしろ阿形さんこそお疲れ様です」
大した事ないさ、と松之助は笑う。
「俺が行きたかったんだ。きみと」
ここは商業地区と工業地区の境界にある海辺だった。一応観光スポットとなっているここには、二人とも滅多に来ない。いつもは工業地区の倉庫や港の背景として見る海が、今は何も遮る物なく、二人の目の前に広がっていた。
海辺の細かい砂を踏みながら、エージェントは波打ち際へ近付いていく。天気はよかったが、オフシーズンの海には他の人間は見当たらなかった。松之助はエージェントの後をゆっくりと追いかける。海から吹く風が、二人の間を吹き抜けていた。
「夏じゃなくても、海って何かいいですね」
エージェントの声がはしゃいでいるのを、松之助は嬉しく思う。昨日、カフェで戴天と話していたときの張り詰めたエージェントの表情を、松之助は思い返す。色々と勉強になりますと本人は言っていたが、突然降って湧いた使命のことを本当はどう思っているのか。松之助は気になっていた。
エージェントは、しゃがみ込んで波に手をつけてみていた。
「やっぱり、この時期の水は冷たいんですね」
「おいおい、気を付けろよ。服まで濡れたら乗せてやれないぞ」
「それは困りますね」
あまり困っていない口調で、エージェントは笑った。もしエージェントがずぶ濡れになっても、松之助は自分のバイクの後ろに乗せることを厭わないだろう。それが伝わっていればいいと思った。
二人が会話をしなければ、すぐに波の音がはっきりと聞こえる。波の大小をエージェントは興味深く見つめている。黒い船影が遠くに見えた。どこに行くんだろうな、と言った松之助にエージェントは相槌を打った。エージェントはゆっくりと進む船影を見つめている。
「これが全部水で、なおかつどこかに絶対繋がってるのって、途方もないですね。ここからまっすぐ進んだら、どこに着くんだろう」
エージェントの呟きを、松之助ははっきりと聞き取った。疑問形ではあったが、他者の答えを求めていないように松之助には思えた。
「どこにも連れて行ってやれなくてごめんな」
俺の復讐のために、とまでは言えなかった。エージェントの年頃であれば、大学での勉強だの海外への留学だのをしていてもおかしくないのだ。それなのに、仮面ライダーのエージェントとしてこの街で過ごしている。松之助の口角が下がっているのを、エージェントは見た。
「何言ってるんですか、今もこうして海に連れてきてもらってるのに」
「いや、そうじゃないんだ、そうじゃなくて……」
松之助は、とっさに適当な言葉が浮かばない。エージェントは彼から視線を外して、空を見上げた。一面のうろこ雲が広がっている。何を狙っているのか、鳶が旋回していた。
「今、私が別のところに行ったら阿形さんも他のライダーの皆さんも困るでしょう。そんなことになったら、私が嫌なんです」
水面は秋の透き通った光を受けて輝いている。それが眩しくて、松之助は目を細めた。
「……敵わないな」
松之助は唇だけでそう呟いた。当然、エージェントには何も聞こえない。その代わりに、声を張って礼を言った。
「ありがとう」
エージェントは少し驚いたように目を開いた。むしろ自分の方こそ、松之助に世話になっていると思っているからだ。けれど、松之助の声色が真剣だったから、エージェントは彼の言葉を否定しなかった。その代わり「こちらこそ」とだけ答えたのだった。
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