ゲーム作品
「あらぁ、ひどい顔ねぇ」
ママの直截的な言葉に、大吾の隣に座っていた若衆はぎょっとした顔をした。しかし、大吾は気にせずそうか、とだけ答えた。この店とは短くない付き合いである。その飾らない物言いが、東城会の六代目となった今ではありがたくすらあった。ムーディーな店の照明でも、大吾の目の下に浮かんだ隈ははっきりと見えた。
「そうだ! いい人紹介してあげる!」
パン、とママが手を打った。
「いい人?」
「そ、添い寝屋やってる子がいてね」
「添い寝屋」という言葉は、大吾も小耳に挟んだことくらいはある。そういう風俗の一形態があることは大吾も理解していた。次から次へとよくもまあ思いつくもんだと呆れ半分感心半分だったのを覚えている。
「添い寝屋って……秋葉原とかにあるやつか? ヲタクとかそういう奴ら向けに」
「やだ、違うわよ!」
ねえ、とママは脇のホステスに話しかける。彼女は品よく頷いた。
「夜、一緒に並んで寝てくれるだけなんですよ。本当にそれだけ」
「うちの娘たちも何人かお世話になっててねえ」
ママは携帯を取り出して微笑んだ。
「完全紹介制なんだけど、堂島さんにならいいでしょう」
大吾の了承を得ず、ママはさっさと携帯を操作する。ややあって、彼女はボールペンで走り書きをしたメモを渡した。
「もう今夜にでもどうぞ、って」
行くとも行かないとも大吾はまだ答えていなかった。しかし、ママの圧に負けてメモを受け取ってしまったのだった。
後日、大吾は指定されたラブホテルの一室に向かっていた。面白がった真島に押し切られた形であるが、ママへの義理も果たさねばならない。使用中のランプが点灯しているその部屋は、鍵がかかっておらず押すとすんなり開いた。不用心な、と大吾は思う。
「ああ、こんばんは」
ソファに腰掛けた女が、部屋に入ってきた大吾を見上げた。病的に細い足を投げ出して、二人がけのソファを占領している彼女は、文庫本をめくっていた。
「ハンガーはそっちね」
大吾は言われるがままに自分のジャケットをハンガーにかけた。妙齢の女とラブホテルで二人きりなのに、セックスを前提としない場合どうすればいいのだろう。大吾が立ち尽くしていると、女がそれに気が付いてソファから足を下ろした。空いたスペースに、大吾は腰かける。近くで見た女は、若すぎるようにも見えた。しかしそのふてぶてしい態度が年齢を分からなくさせる。風呂上がりなのか、短く切られた髪がまだ湿気を含んでいるようだった。女はやっと本のページから大吾のほうへ視線を移す。
「お風呂入ってくれば? そっちのほうがよく眠れるよ」
「あ、あぁ……」
もちろん初対面だし、さすがに大吾のほうが年上だろう(大体、客なのは大吾のほうだ)。が、女は頓着しない。大吾はうっかり頷きかけたが、思い直して女に話しかけた。
「……なんで、こういう仕事をしてるんだ」
質問してから「いや説教するつもりじゃねえんだが」と大吾は付け加えた。しかし、女は気にした様子がない。
「みんな訊いてくるんだよね。趣味みたいなもんかな。他に仕事もしてるし」
「なんかこう……変なこととか、されないのか」
「完全紹介制だからね。そんな変な人は来ないよ。あなたも変な人ではないんでしょう」
大吾は答えに窮した。自分の立場を考えたら、とてもじゃないが肯定できなかったからだ。今のあなたの表情は変、と女は笑う。
「大体、来るのはそういう"変なこと"に疲れた女の子が多いしね。彼女たちを見ていると、結局人肌の恋しさってただ隣にいるだけでも、ある程度満たされるんじゃないかと思えてくるよ」
「……そういう、もんか」
正直な話、大吾には理解しきれなかった。しかし、女という生き物は得てしてそういうものかもしれない。そう彼は自分を納得させる。女は、最初から別に大吾に分かってもらわなくてもいいと思いながら話していた。なんなら、客の性別問わず互いにセックスしても良いと思ったらセックスしているのだが、それを言うと更に混乱させるだろうと思い、黙っていた。この話を続けていても、自分の頭が混乱するだけだろう。そう考えた大吾は、話題を変える。煙草を取り出そうと思ったが、灰皿はすぐに見つからなかった。
「……そういや、いつ金を払えばいいんだ?」
「ん? 成功報酬……あなたが寝られたらでいいよ。あなたが寝ようが寝られまいが、私は勝手に寝てるだけなんだし」
女の話し方は横暴でも馬鹿丁寧でもなかった。日頃、そのどちらかばかりを聞いている身からすれば、ずいぶんと新鮮に感じる。ふわあ、と女は口も隠さずに大きなあくびをした。ベッドサイドのデジタル時計を見れば、日付はとっくに変わっていた。
「私はそろそろ寝るね。あなたもお風呂入って早く寝なよ。そこのアラームはあなたの都合でかけていいから」
文庫本をローテーブルの上に投げ出して、女は大きく伸びをした。会話は本当に、これで切り上げということだろう。正直、まだ気になることは山ほどあったが大吾は素直に立ち上がった。じゃあおやすみなさい、と女は笑った。
まだ熱い湯舟に浸かった大吾は、女のことを意識せざるをえなかった。いやらしいことをする魂胆こそ最初からなかったが、だからこそ自分がここでこうしている意味が彼にはまだ掴めない。せっかく久しぶりに湯舟にゆっくり浸かれるというのに、大吾はなにかと落ち着かなかった。
温まり切らないうちに風呂から上がったというのに、女はもう寝入っているようだった。キングサイズのベッドの奥側の丁度半分に横たわっている。知らない人間と二人きりの空間で、よくもまあ無防備になれるものだ。大吾には女が、知らない星の生き物に見えた。その生き物と同衾するのを、彼は一瞬ためらったが明日以降もまた予定はたんまり詰まっている。寝られるときに寝なければならない。観念して大吾は毛布の隙間にもぐりこんだ。それなりの体格である大吾の動きに合わせ、ベッドが大きく凹んだが女は身じろぎもせずに眠っている。大吾は顔をしかめかけて、馬鹿らしくなってやめた。その代わりにふう、と大きく息を吐く。知らない女と何もせずに一夜を過ごすことが、この年になってあるとは思わなかった。しかし、早々に寝入った女の体温が背中越しに伝わってくるのは案外悪くないことにじき、気が付いた。自分のことを信頼しきって眠っている存在が近くにいる。それはどうやら自分をひとりの人間に引き戻してくれるらしかった。なるほど、利用する奴が出るわけだ。そう大吾は合点して、目を閉じた。
ママの直截的な言葉に、大吾の隣に座っていた若衆はぎょっとした顔をした。しかし、大吾は気にせずそうか、とだけ答えた。この店とは短くない付き合いである。その飾らない物言いが、東城会の六代目となった今ではありがたくすらあった。ムーディーな店の照明でも、大吾の目の下に浮かんだ隈ははっきりと見えた。
「そうだ! いい人紹介してあげる!」
パン、とママが手を打った。
「いい人?」
「そ、添い寝屋やってる子がいてね」
「添い寝屋」という言葉は、大吾も小耳に挟んだことくらいはある。そういう風俗の一形態があることは大吾も理解していた。次から次へとよくもまあ思いつくもんだと呆れ半分感心半分だったのを覚えている。
「添い寝屋って……秋葉原とかにあるやつか? ヲタクとかそういう奴ら向けに」
「やだ、違うわよ!」
ねえ、とママは脇のホステスに話しかける。彼女は品よく頷いた。
「夜、一緒に並んで寝てくれるだけなんですよ。本当にそれだけ」
「うちの娘たちも何人かお世話になっててねえ」
ママは携帯を取り出して微笑んだ。
「完全紹介制なんだけど、堂島さんにならいいでしょう」
大吾の了承を得ず、ママはさっさと携帯を操作する。ややあって、彼女はボールペンで走り書きをしたメモを渡した。
「もう今夜にでもどうぞ、って」
行くとも行かないとも大吾はまだ答えていなかった。しかし、ママの圧に負けてメモを受け取ってしまったのだった。
後日、大吾は指定されたラブホテルの一室に向かっていた。面白がった真島に押し切られた形であるが、ママへの義理も果たさねばならない。使用中のランプが点灯しているその部屋は、鍵がかかっておらず押すとすんなり開いた。不用心な、と大吾は思う。
「ああ、こんばんは」
ソファに腰掛けた女が、部屋に入ってきた大吾を見上げた。病的に細い足を投げ出して、二人がけのソファを占領している彼女は、文庫本をめくっていた。
「ハンガーはそっちね」
大吾は言われるがままに自分のジャケットをハンガーにかけた。妙齢の女とラブホテルで二人きりなのに、セックスを前提としない場合どうすればいいのだろう。大吾が立ち尽くしていると、女がそれに気が付いてソファから足を下ろした。空いたスペースに、大吾は腰かける。近くで見た女は、若すぎるようにも見えた。しかしそのふてぶてしい態度が年齢を分からなくさせる。風呂上がりなのか、短く切られた髪がまだ湿気を含んでいるようだった。女はやっと本のページから大吾のほうへ視線を移す。
「お風呂入ってくれば? そっちのほうがよく眠れるよ」
「あ、あぁ……」
もちろん初対面だし、さすがに大吾のほうが年上だろう(大体、客なのは大吾のほうだ)。が、女は頓着しない。大吾はうっかり頷きかけたが、思い直して女に話しかけた。
「……なんで、こういう仕事をしてるんだ」
質問してから「いや説教するつもりじゃねえんだが」と大吾は付け加えた。しかし、女は気にした様子がない。
「みんな訊いてくるんだよね。趣味みたいなもんかな。他に仕事もしてるし」
「なんかこう……変なこととか、されないのか」
「完全紹介制だからね。そんな変な人は来ないよ。あなたも変な人ではないんでしょう」
大吾は答えに窮した。自分の立場を考えたら、とてもじゃないが肯定できなかったからだ。今のあなたの表情は変、と女は笑う。
「大体、来るのはそういう"変なこと"に疲れた女の子が多いしね。彼女たちを見ていると、結局人肌の恋しさってただ隣にいるだけでも、ある程度満たされるんじゃないかと思えてくるよ」
「……そういう、もんか」
正直な話、大吾には理解しきれなかった。しかし、女という生き物は得てしてそういうものかもしれない。そう彼は自分を納得させる。女は、最初から別に大吾に分かってもらわなくてもいいと思いながら話していた。なんなら、客の性別問わず互いにセックスしても良いと思ったらセックスしているのだが、それを言うと更に混乱させるだろうと思い、黙っていた。この話を続けていても、自分の頭が混乱するだけだろう。そう考えた大吾は、話題を変える。煙草を取り出そうと思ったが、灰皿はすぐに見つからなかった。
「……そういや、いつ金を払えばいいんだ?」
「ん? 成功報酬……あなたが寝られたらでいいよ。あなたが寝ようが寝られまいが、私は勝手に寝てるだけなんだし」
女の話し方は横暴でも馬鹿丁寧でもなかった。日頃、そのどちらかばかりを聞いている身からすれば、ずいぶんと新鮮に感じる。ふわあ、と女は口も隠さずに大きなあくびをした。ベッドサイドのデジタル時計を見れば、日付はとっくに変わっていた。
「私はそろそろ寝るね。あなたもお風呂入って早く寝なよ。そこのアラームはあなたの都合でかけていいから」
文庫本をローテーブルの上に投げ出して、女は大きく伸びをした。会話は本当に、これで切り上げということだろう。正直、まだ気になることは山ほどあったが大吾は素直に立ち上がった。じゃあおやすみなさい、と女は笑った。
まだ熱い湯舟に浸かった大吾は、女のことを意識せざるをえなかった。いやらしいことをする魂胆こそ最初からなかったが、だからこそ自分がここでこうしている意味が彼にはまだ掴めない。せっかく久しぶりに湯舟にゆっくり浸かれるというのに、大吾はなにかと落ち着かなかった。
温まり切らないうちに風呂から上がったというのに、女はもう寝入っているようだった。キングサイズのベッドの奥側の丁度半分に横たわっている。知らない人間と二人きりの空間で、よくもまあ無防備になれるものだ。大吾には女が、知らない星の生き物に見えた。その生き物と同衾するのを、彼は一瞬ためらったが明日以降もまた予定はたんまり詰まっている。寝られるときに寝なければならない。観念して大吾は毛布の隙間にもぐりこんだ。それなりの体格である大吾の動きに合わせ、ベッドが大きく凹んだが女は身じろぎもせずに眠っている。大吾は顔をしかめかけて、馬鹿らしくなってやめた。その代わりにふう、と大きく息を吐く。知らない女と何もせずに一夜を過ごすことが、この年になってあるとは思わなかった。しかし、早々に寝入った女の体温が背中越しに伝わってくるのは案外悪くないことにじき、気が付いた。自分のことを信頼しきって眠っている存在が近くにいる。それはどうやら自分をひとりの人間に引き戻してくれるらしかった。なるほど、利用する奴が出るわけだ。そう大吾は合点して、目を閉じた。
