ゲーム作品
難波から見たナマエは、「サバイバーの常連」というだけの存在であった。一介の勤め人らしく、大体金曜に現れて軽く飲んで帰る。酔い方が面倒なわけでもなく、マスターや他の客と軽く談笑している様子はスマートですらあった。紗栄子とは年も近いのか、よく会話しているところを見かける。漏れ聞こえてくる話し声から、難波はその常連の名前を知ったのだ。とはいえ、彼は華やかでよろしいこって、と思いながら反対側のカウンターで春日や足立なんかと身を寄せ合うばかりであった。冴えない中年男である自分が、わざわざ自分よりも若い女に話しかけるような蛮勇は持ち合わせていないのだった。
その日、難波は遅れて春日たちとサバイバーで合流する手はずだった。もう他の仲間たちは店の中で先に始めているだろう。難波はそそくさとサバイバーに入ろうとしたが、ドアの横で煙草をふかしている人影に気が付いた。それは、紗栄子と仲のいい件の常連……ナマエであった。もうすっかり日が暮れているから、明るい店先からは暗いこちら側に気が付くのが遅れたらしい。明らかに目が合ったなと難波が思った瞬間、彼女が慌てて煙草の火を消そうとしているのがわかった。しかし、携帯灰皿を取り出して、そこに吸いさしの煙草を押し付けるまでの数秒で、難波は声をかけられる範囲に近付いてしまう。避けられているのか、と難波はややひねた気持ちになったがナマエは携帯灰皿をさっと手で隠してへへ、と笑った。
「……こんばんは」
「いや、教師に見つかった不良少年かよ」
ほとんど初対面なのに、難波はうっかりそう言った。
「不良少女じゃないんですか」
「そこじゃねえだろ」
普通に会話が始まったことに、難波は内心驚いている。避けられてはいないらしいからだ。
「煙草、吸うんだな」
紗栄子も飲んでいる合間などに喫煙しているが、ナマエにその印象はなかったので、難波は意外に思う。しかし、ナマエの返答のほうがさらに難波の想定外だった。
「吸いますけど、でも難波さんがいるときは吸ってなかったんですよ。気になってる人の前ではかわいこぶりたいじゃないですか」
「気になってる人」のところでじっと自分を見つめてくるので、難波は思わずのけぞった。キャバクラなどでもないのに、自分に対してかわい子ぶる女を見たことがなかったからだ。すわツチノコかネッシーを相手にするような目で、難波はナマエを見た。
「こんなおっさんに冗談言うのはやめてくれよ」
「冗談じゃないですよ、紗栄子さんに確認してもらってもいいですよ」
難波はサバイバーの中を伺ったが、誰もこちらに気が付くような素振りはなかった。誰かが歌っているのか、カラオケもうっすら漏れ聞こえている。
「一番とか……ハン・ジュンギとかと間違えてんじゃねえのか?」
「そんなわけないでしょ。今から紗栄子さん呼んできて確認してもらってもいいんですよ」
ナマエは根気よくさっきと同じセリフを繰り返す。それに、難波は頭を抱えた。
「こんなことで呼べるかよ……」
なんて呼べばいいのだ。他の仲間もいる中で「俺に惚れているらしい女がいるんだが、本当か?」とでも言えばいいのか。
「……じゃあ、本当なんだな?」
「そう言ってるでしょ、さっきから」
ナマエは物分かりの悪い子どもを前にしたように、ため息をついた。
「いやだって、あんたみたいな若い娘が何で俺なんかを好きになるんだよ」
「実家の犬に似てたので」
「は?」
難波はナマエの答えに困惑する。どんな理由でも理解の埒外だっただろうが、予想の斜め上だったからだ。
「……その、犬との思い出が美化されてるってことはないか?」
「この前会ってきたけどやっぱり似てましたよ」
存命なのかよ、と難波は思ったがすんでのところで口には出さなかった。ナマエはスマホをいじって、難波のほうに画面を突き付けた。雑種だろうか、黒毛で毛むくじゃらの犬が不機嫌そうな顔で映っている。
「似てませんか?」
「自分じゃ分かんねーよ」
そっくりだと思うんですがね、とナマエは真剣に画面を見つめた。難波は大きく息を吐いて首を振る。呆れられたか、とナマエは思う。しかし本当は、あらゆる雑念を追い払うためであった。あまりにもまっすぐに好意を向けられて、浮かれかけてしまう気持ちを戒めようとしているのだ。ただ、そんなことをしている時点でもう気持ちは傾きはじめている。「お店、入らなくていいんですか?」と訊いてくるこの女に押し切られる日はそう遠くないだろう、と難波は観念しつつあった。
その日、難波は遅れて春日たちとサバイバーで合流する手はずだった。もう他の仲間たちは店の中で先に始めているだろう。難波はそそくさとサバイバーに入ろうとしたが、ドアの横で煙草をふかしている人影に気が付いた。それは、紗栄子と仲のいい件の常連……ナマエであった。もうすっかり日が暮れているから、明るい店先からは暗いこちら側に気が付くのが遅れたらしい。明らかに目が合ったなと難波が思った瞬間、彼女が慌てて煙草の火を消そうとしているのがわかった。しかし、携帯灰皿を取り出して、そこに吸いさしの煙草を押し付けるまでの数秒で、難波は声をかけられる範囲に近付いてしまう。避けられているのか、と難波はややひねた気持ちになったがナマエは携帯灰皿をさっと手で隠してへへ、と笑った。
「……こんばんは」
「いや、教師に見つかった不良少年かよ」
ほとんど初対面なのに、難波はうっかりそう言った。
「不良少女じゃないんですか」
「そこじゃねえだろ」
普通に会話が始まったことに、難波は内心驚いている。避けられてはいないらしいからだ。
「煙草、吸うんだな」
紗栄子も飲んでいる合間などに喫煙しているが、ナマエにその印象はなかったので、難波は意外に思う。しかし、ナマエの返答のほうがさらに難波の想定外だった。
「吸いますけど、でも難波さんがいるときは吸ってなかったんですよ。気になってる人の前ではかわいこぶりたいじゃないですか」
「気になってる人」のところでじっと自分を見つめてくるので、難波は思わずのけぞった。キャバクラなどでもないのに、自分に対してかわい子ぶる女を見たことがなかったからだ。すわツチノコかネッシーを相手にするような目で、難波はナマエを見た。
「こんなおっさんに冗談言うのはやめてくれよ」
「冗談じゃないですよ、紗栄子さんに確認してもらってもいいですよ」
難波はサバイバーの中を伺ったが、誰もこちらに気が付くような素振りはなかった。誰かが歌っているのか、カラオケもうっすら漏れ聞こえている。
「一番とか……ハン・ジュンギとかと間違えてんじゃねえのか?」
「そんなわけないでしょ。今から紗栄子さん呼んできて確認してもらってもいいんですよ」
ナマエは根気よくさっきと同じセリフを繰り返す。それに、難波は頭を抱えた。
「こんなことで呼べるかよ……」
なんて呼べばいいのだ。他の仲間もいる中で「俺に惚れているらしい女がいるんだが、本当か?」とでも言えばいいのか。
「……じゃあ、本当なんだな?」
「そう言ってるでしょ、さっきから」
ナマエは物分かりの悪い子どもを前にしたように、ため息をついた。
「いやだって、あんたみたいな若い娘が何で俺なんかを好きになるんだよ」
「実家の犬に似てたので」
「は?」
難波はナマエの答えに困惑する。どんな理由でも理解の埒外だっただろうが、予想の斜め上だったからだ。
「……その、犬との思い出が美化されてるってことはないか?」
「この前会ってきたけどやっぱり似てましたよ」
存命なのかよ、と難波は思ったがすんでのところで口には出さなかった。ナマエはスマホをいじって、難波のほうに画面を突き付けた。雑種だろうか、黒毛で毛むくじゃらの犬が不機嫌そうな顔で映っている。
「似てませんか?」
「自分じゃ分かんねーよ」
そっくりだと思うんですがね、とナマエは真剣に画面を見つめた。難波は大きく息を吐いて首を振る。呆れられたか、とナマエは思う。しかし本当は、あらゆる雑念を追い払うためであった。あまりにもまっすぐに好意を向けられて、浮かれかけてしまう気持ちを戒めようとしているのだ。ただ、そんなことをしている時点でもう気持ちは傾きはじめている。「お店、入らなくていいんですか?」と訊いてくるこの女に押し切られる日はそう遠くないだろう、と難波は観念しつつあった。
