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アクア・ラグナの日は、住民が皆浮足立っている。避難所となっているガレーラの造船所の中でも、座り込んでいる人々を縫って子どもたちは走り回っていた。もう一方では、赤ん坊が大人たちの緊張を感じ取ったのか火が付いたように泣いていた。方々から大きな音が聞こえる度にナマエの肩がびくりと揺れた。膝を抱えた手に力がこもったのに、ブルーノは気が付いている。
「ブルーノさん、大丈夫かい?」
酒場の常連が彼に話しかける。ブルーノはああ、と答えた。
「おれは平気なんだが、家内が怯えちまってね」
ブルーノの隣で、膝を抱えて俯いているナマエを常連は心配そうに見た。挨拶する余裕もないらしい、と合点したようだった。
「まあ、頼りになる旦那もいることだしここにいれば安全だからさ」
慰めるようにそう言って去って行った常連の背中に、ブルーノは礼を言った。
実のところ、ナマエとブルーノは夫婦でもなんでもない。ただのサイファーポールの同僚であった。今回、この街に潜入するにあたって、酒場の夫婦という役どころになっただけだ。兄妹という案もあったのだが、仲間たちの感想が「似ていなさすぎる」で一致したため却下された。
「すまない」
ブルーノにしか聞こえないような声で、ナマエは呟いた。
「気にするな。おれも考慮が足りなかった」
人間が多い場所を、ナマエが苦手に思っていることをブルーノは知っていた。まだナマエが少女と呼べる年頃の任務での出来事だ。ターゲットの人間が率いる大規模な集会で、人の多さに参ったナマエがターゲットのみならず参加者もほとんど皆殺しにした。元々そういう任務だったから問題はないのが幸いだった。しかし、その時に見た死人のように白いナマエの顔をブルーノはまだ覚えている。それに比べればずいぶんましになったものだ。
がたん! と向こうから音がして、二人ともそちらを見た。子どもがランタンを蹴飛ばしたらしい。ややあって、父親らしき人間の怒号が聞こえた。ナマエの目が落ち着きなく揺れる。まずいな、とブルーノは感じた。とっさに彼女の肩に手を回す。大柄な彼の手は、ナマエの肩をすっかり包んだ。
「ここでの殺しは駄目だが」
声を出さずに、ブルーノの唇がそう動いたのがナマエには分かった。
「もし我慢できなかったら、おれが止めてやる」
だから安心しろ、と続いた声は「旦那」として演じているときのそれだった。ナマエの強張っていた体から、力が抜ける。
「ありがとう」
「気にするな」
短いやりとりは、すっかりいつもの通りであった。
海辺に佇んで、ナマエはただ波の音を聞いていた。彼女はこの場所を気に入っている。ウォーターセブンや、同僚皆で繰り広げた逃避行の際に通った街々と違って、静かだからだ。ルッチをはじめとした他の同僚たちは、今頃CP0への辞令を受け取っている頃だろう。後ろから砂を踏む音が聞こえて、ナマエは振り返った。
「こんなところにいたのか」
「なんだ、ブルーノか」
ブルーノは、ナマエと揃いの黒いスーツを着たままであった。
「白いスーツ、仕立てなくていいんですか?」
からかうようなナマエの問いに、ブルーノは答えなかった。
「お前も、昇進するものだと思っていたんだが」
気まずさを含んだその低い声に、彼女は思わず笑ってしまう。
「ああ、昇進なんてしないよ。私は剥製にされるらしいから」
普段となんら変わりない口調だった。おかげでブルーノは「剥製」という言葉を理解するのに時間を要した。意味が飲み込めずに、硬直したブルーノに対して、ナマエはブラウスをめくりあげて素肌を晒した。
「天竜人サマたちには、これが珍しいんだってさ」
ナマエの胸の下から腹の半分にかけて、鳥のような羽が古傷を覆うように生えていた。月明かりを受けて、それらは水色や茜色に複雑に輝いた。
「どこぞのとっくに滅んだ種族の血を引いてる? らしくてさ」
ナマエは、サイファーポールの大半の人間と同じく孤児のはずだった。本当の出自については、本人すら分からないだろう。それでも、彼女の体が今「そう」であることが天竜人たちの決定にはきっと重要なのだ。ブルーノは珍しく動揺を露わにする。
「どこぞの応接間にでも、飾られるんじゃないの」
ぱっぱと服を直しながら、ナマエはあっさりと言った。明日の買い物について話すような気軽さだ。ブルーノの動揺に、ナマエは気が付いていない。
目の前の女が裸にされて、猛獣やなにかと一緒に応接間に並べられているところをブルーノは想像しようとしたが、うまくいかなかった。彼女の裸を見たのは遠い昔、幼い頃一緒に風呂にぶち込まれたときくらいだ。彼女の腹にこんなものが生えていることを、その時は気が付かなかった。夫婦の真似をしていたのはあくまで任務のためであり、互いの裸を見た試しはない。触れたのだって、アクア・ラグナのときにナマエを宥めたくらいだ。
「いつなんだ」
ブルーノはやっと、それだけを訊いた。
「あと五日後とかくらいじゃないかな。処理が楽になるから絶食しろって言われたの、一週間くらいだったから」
(だから、カリファの誘いを断っていたのか)
ブルーノは合点した。カリファの残念そうな顔と、申し訳なさそうに手を合わせながら、それでも理由を話さなかったナマエのことをブルーノは思い出す。
「他に、言った奴はいるのか」
「いないよ、ブルーノだけ」
「なんでおれには全部言ったんだ」
(本当に"全部"とは限らないのに。彼らしくない断定だ)
ナマエはそう思ったが、しかしあと五日の命の人間に大した隠し事もないのだ。そういう意味では"全部"話しているのかもしれない、とナマエは思い直す。
「なんでって?」
ざ、とナマエは爪先で砂を蹴った。
「カリファもおれも、お前にとって大した違いがあるとは思えない」
ブルーノの顔は、夜の暗さにまぎれてナマエからはよく見えなかった。
「どうしてだろ、何年も夫婦の真似事をした相手には、言っておきたくなったのかも」
大柄なブルーノの影は、地面に大きく広がってナマエをすっぽり包んでいる。風が雲を運んで、月を覆い隠したから、その影は薄くなって消えた。
「ブルーノのドアドアの実の能力ってさ」
ナマエは、ブルーノが今どんな顔をしているのか知りたくなった。だから、彼女からはずいぶん高いところにあるブルーノの顔を、ナマエは見上げた。
「どこにも出なかったら、どうなるのかな」
(目の前の人間が何にも追われずに過ごせる場所に繋げられたら)
彼女に見上げられて、そうブルーノは思った。それが現実にある場所なのか、死後の世界にしかない場所なのか彼には分からない。自分がそんな思いを抱くのもまた、何年も夫婦の真似事をしたからだろうか。
「おい」
ナマエの質問の真意を、ブルーノはあえて確認しなかった。自分に助けを求めたのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。だから自分も、助けるとは言わなかった。悪魔の実の能力は使い手本人にも分からないことが多い。本当にナマエを助けられるかも分からないのだ。
しかし、この夜を境にナマエという人間はふっつりと姿を消した。カリファや、カクなどは何かを察したようだったが、特に言葉にはしなかった。しばらくして、スーツの切れ端と白い羽が見つかったから、手続きの上では結局自死だろうということになったらしい。残された羽はどこぞの好事家が保存しているらしいが、それはブルーノのあずかり知らぬことだった。
「ブルーノさん、大丈夫かい?」
酒場の常連が彼に話しかける。ブルーノはああ、と答えた。
「おれは平気なんだが、家内が怯えちまってね」
ブルーノの隣で、膝を抱えて俯いているナマエを常連は心配そうに見た。挨拶する余裕もないらしい、と合点したようだった。
「まあ、頼りになる旦那もいることだしここにいれば安全だからさ」
慰めるようにそう言って去って行った常連の背中に、ブルーノは礼を言った。
実のところ、ナマエとブルーノは夫婦でもなんでもない。ただのサイファーポールの同僚であった。今回、この街に潜入するにあたって、酒場の夫婦という役どころになっただけだ。兄妹という案もあったのだが、仲間たちの感想が「似ていなさすぎる」で一致したため却下された。
「すまない」
ブルーノにしか聞こえないような声で、ナマエは呟いた。
「気にするな。おれも考慮が足りなかった」
人間が多い場所を、ナマエが苦手に思っていることをブルーノは知っていた。まだナマエが少女と呼べる年頃の任務での出来事だ。ターゲットの人間が率いる大規模な集会で、人の多さに参ったナマエがターゲットのみならず参加者もほとんど皆殺しにした。元々そういう任務だったから問題はないのが幸いだった。しかし、その時に見た死人のように白いナマエの顔をブルーノはまだ覚えている。それに比べればずいぶんましになったものだ。
がたん! と向こうから音がして、二人ともそちらを見た。子どもがランタンを蹴飛ばしたらしい。ややあって、父親らしき人間の怒号が聞こえた。ナマエの目が落ち着きなく揺れる。まずいな、とブルーノは感じた。とっさに彼女の肩に手を回す。大柄な彼の手は、ナマエの肩をすっかり包んだ。
「ここでの殺しは駄目だが」
声を出さずに、ブルーノの唇がそう動いたのがナマエには分かった。
「もし我慢できなかったら、おれが止めてやる」
だから安心しろ、と続いた声は「旦那」として演じているときのそれだった。ナマエの強張っていた体から、力が抜ける。
「ありがとう」
「気にするな」
短いやりとりは、すっかりいつもの通りであった。
海辺に佇んで、ナマエはただ波の音を聞いていた。彼女はこの場所を気に入っている。ウォーターセブンや、同僚皆で繰り広げた逃避行の際に通った街々と違って、静かだからだ。ルッチをはじめとした他の同僚たちは、今頃CP0への辞令を受け取っている頃だろう。後ろから砂を踏む音が聞こえて、ナマエは振り返った。
「こんなところにいたのか」
「なんだ、ブルーノか」
ブルーノは、ナマエと揃いの黒いスーツを着たままであった。
「白いスーツ、仕立てなくていいんですか?」
からかうようなナマエの問いに、ブルーノは答えなかった。
「お前も、昇進するものだと思っていたんだが」
気まずさを含んだその低い声に、彼女は思わず笑ってしまう。
「ああ、昇進なんてしないよ。私は剥製にされるらしいから」
普段となんら変わりない口調だった。おかげでブルーノは「剥製」という言葉を理解するのに時間を要した。意味が飲み込めずに、硬直したブルーノに対して、ナマエはブラウスをめくりあげて素肌を晒した。
「天竜人サマたちには、これが珍しいんだってさ」
ナマエの胸の下から腹の半分にかけて、鳥のような羽が古傷を覆うように生えていた。月明かりを受けて、それらは水色や茜色に複雑に輝いた。
「どこぞのとっくに滅んだ種族の血を引いてる? らしくてさ」
ナマエは、サイファーポールの大半の人間と同じく孤児のはずだった。本当の出自については、本人すら分からないだろう。それでも、彼女の体が今「そう」であることが天竜人たちの決定にはきっと重要なのだ。ブルーノは珍しく動揺を露わにする。
「どこぞの応接間にでも、飾られるんじゃないの」
ぱっぱと服を直しながら、ナマエはあっさりと言った。明日の買い物について話すような気軽さだ。ブルーノの動揺に、ナマエは気が付いていない。
目の前の女が裸にされて、猛獣やなにかと一緒に応接間に並べられているところをブルーノは想像しようとしたが、うまくいかなかった。彼女の裸を見たのは遠い昔、幼い頃一緒に風呂にぶち込まれたときくらいだ。彼女の腹にこんなものが生えていることを、その時は気が付かなかった。夫婦の真似をしていたのはあくまで任務のためであり、互いの裸を見た試しはない。触れたのだって、アクア・ラグナのときにナマエを宥めたくらいだ。
「いつなんだ」
ブルーノはやっと、それだけを訊いた。
「あと五日後とかくらいじゃないかな。処理が楽になるから絶食しろって言われたの、一週間くらいだったから」
(だから、カリファの誘いを断っていたのか)
ブルーノは合点した。カリファの残念そうな顔と、申し訳なさそうに手を合わせながら、それでも理由を話さなかったナマエのことをブルーノは思い出す。
「他に、言った奴はいるのか」
「いないよ、ブルーノだけ」
「なんでおれには全部言ったんだ」
(本当に"全部"とは限らないのに。彼らしくない断定だ)
ナマエはそう思ったが、しかしあと五日の命の人間に大した隠し事もないのだ。そういう意味では"全部"話しているのかもしれない、とナマエは思い直す。
「なんでって?」
ざ、とナマエは爪先で砂を蹴った。
「カリファもおれも、お前にとって大した違いがあるとは思えない」
ブルーノの顔は、夜の暗さにまぎれてナマエからはよく見えなかった。
「どうしてだろ、何年も夫婦の真似事をした相手には、言っておきたくなったのかも」
大柄なブルーノの影は、地面に大きく広がってナマエをすっぽり包んでいる。風が雲を運んで、月を覆い隠したから、その影は薄くなって消えた。
「ブルーノのドアドアの実の能力ってさ」
ナマエは、ブルーノが今どんな顔をしているのか知りたくなった。だから、彼女からはずいぶん高いところにあるブルーノの顔を、ナマエは見上げた。
「どこにも出なかったら、どうなるのかな」
(目の前の人間が何にも追われずに過ごせる場所に繋げられたら)
彼女に見上げられて、そうブルーノは思った。それが現実にある場所なのか、死後の世界にしかない場所なのか彼には分からない。自分がそんな思いを抱くのもまた、何年も夫婦の真似事をしたからだろうか。
「おい」
ナマエの質問の真意を、ブルーノはあえて確認しなかった。自分に助けを求めたのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。だから自分も、助けるとは言わなかった。悪魔の実の能力は使い手本人にも分からないことが多い。本当にナマエを助けられるかも分からないのだ。
しかし、この夜を境にナマエという人間はふっつりと姿を消した。カリファや、カクなどは何かを察したようだったが、特に言葉にはしなかった。しばらくして、スーツの切れ端と白い羽が見つかったから、手続きの上では結局自死だろうということになったらしい。残された羽はどこぞの好事家が保存しているらしいが、それはブルーノのあずかり知らぬことだった。
