ゲーム作品
静流が酒を飲む場所を探してふらふらと街を歩いていたときのことだ。まだ明るい時間で、道行く人々の顔もよく見える。向こうから歩いてくる人間の一人に、静流は見覚えがあった。ライブハウスでよく会う顔なじみのひとりだ。いつもはラフなライブTシャツの姿だが、今は小奇麗なオフィスカジュアルに身を包んでいる。彼女の隣を歩いている人間は、仕事仲間なのだろうか。なにやら熱心に話しながら歩いていたから、静流は話しかける気になれない。見知った相手のはずなのに、場と格好が変われば知らない他人のようだった。
今日のライブには、ナマエが好きなバンドが出演する。静流は今日はライブハウスの手伝いをしているため、早くから受付に座っていた。しばらくすると、静流の読み通りにナマエが階段を下りてやってきた。
「この前、静流さんとすれ違いましたよね?」
「ん? あぁ……」
チケットをもぎりながら、静流はあいまいに頷いた。やっぱり? とナマエは笑う。
「気付いてたなら声かけてくれればよかったのに」
「だってさ、お仕事中だったでしょ」
「挨拶くらい、気にしないのに」
「ナマエちゃんが気にしなくても、こっちが気にするんだって」
静流はドリンクを用意しながら、苦笑いをする。ジンジャーエールが勢いよく紙コップを叩く音がした。
「そんなもんかぁ」
「そんなもんだよ」
コップを受け取りながら、ナマエは首を傾げる。ドリンクにはさっそく結露が付き始めていた。
よく行くライブハウスが共通しているのが、二人が仲良くなるきっかけであった。一度あるライブで偶然隣になった。その際にどちらともなく声をかけたのだ。その日のセトリやなんかで、はじめて会ったとは思えないくらい盛り上がった。それから、挨拶を交わしたり、一緒に飲みに行くくらいの仲にはなったのだ。静流のほうから声をかけることも多い。静流が、ナマエのことを面白いと思っている理由がある。それは、彼女の酔い方だった。ナマエは酔いが回ると、即興で歌い出すのだ。しかし、即興とはいえ音程は大変不安定だ。
「ナマエちゃん、音楽の趣味はいいんだけどねえ……」
調子っぱずれのナマエの歌声を聞きながら、静流は缶のレモンサワーを啜る。薄明るい都会の空でも、満月は明るく輝いていた。上機嫌なナマエは、静流のぼやきを聞いていない。今口ずさんだ節が気に入ったのか、同じフレーズを繰り返している。静流はふと思い立って、ナマエの口ずさんでいる歌に沿って歌う。主旋律ではなく、ハモるような形で。静流が合わせてくれたことにナマエも気が付く。嬉しそうにナマエが目を細めたのが、街灯りに照らされている。いつもは無機質に感じられる白熱灯が、今はスポットライトのようだと静流は思った。それ以降、ナマエも静流によく声をかけてくるようになった。また、静流からもナマエを、気になったライブなんかに誘うようになったのだ。
良いライブを浴びたあと、地下のライブハウスから階段を上がって外に出る。すると、にぎやかな街中の灯がいつもより輝いて見える。さっき披露された、どこにも収録されていない曲が耳の奥で響いている。不可能なのは分かっているが、できれば完璧に覚えておきたいと思う。そんな時間がナマエは好きだった。ぐ、と背伸びをしたナマエは遅れて出て来た静流に気が付く。運営の手伝いの合間を縫って、きっと彼もライブを観たのだろう。どこかまだ現実に帰ってきていないような、そんな表情だった。まるで知らない人のようだ、とナマエは思った。
「静流さん!」
「ん? あぁ、ナマエちゃん」
ナマエに気が付いた静流は、ぱっと笑顔を作る。それはナマエの見慣れたものだった。思わず話しかけてしまったが、とくに大した要件はない。そもそもナマエと静流の間に、重要な要件は存在しないのだが。
「今日のあの曲良かったですよね。どこかに収録する予定がまだないって言ってた……」
ナマエは、この瞬間自分の脳内を占めていた話題をとりあえず出力する。よかったよねえ、と静流も頷いた。
「とくにラスサビの……」
静流がおもむろに口ずさむ。正確な音程だ。それに、曲のテーマであろうしんとした寂しさと、その心地よさも表現されていた。ライブで聴いたそれと同じくらい、覚えておきたい。ナマエは強く思った。
今日のライブには、ナマエが好きなバンドが出演する。静流は今日はライブハウスの手伝いをしているため、早くから受付に座っていた。しばらくすると、静流の読み通りにナマエが階段を下りてやってきた。
「この前、静流さんとすれ違いましたよね?」
「ん? あぁ……」
チケットをもぎりながら、静流はあいまいに頷いた。やっぱり? とナマエは笑う。
「気付いてたなら声かけてくれればよかったのに」
「だってさ、お仕事中だったでしょ」
「挨拶くらい、気にしないのに」
「ナマエちゃんが気にしなくても、こっちが気にするんだって」
静流はドリンクを用意しながら、苦笑いをする。ジンジャーエールが勢いよく紙コップを叩く音がした。
「そんなもんかぁ」
「そんなもんだよ」
コップを受け取りながら、ナマエは首を傾げる。ドリンクにはさっそく結露が付き始めていた。
よく行くライブハウスが共通しているのが、二人が仲良くなるきっかけであった。一度あるライブで偶然隣になった。その際にどちらともなく声をかけたのだ。その日のセトリやなんかで、はじめて会ったとは思えないくらい盛り上がった。それから、挨拶を交わしたり、一緒に飲みに行くくらいの仲にはなったのだ。静流のほうから声をかけることも多い。静流が、ナマエのことを面白いと思っている理由がある。それは、彼女の酔い方だった。ナマエは酔いが回ると、即興で歌い出すのだ。しかし、即興とはいえ音程は大変不安定だ。
「ナマエちゃん、音楽の趣味はいいんだけどねえ……」
調子っぱずれのナマエの歌声を聞きながら、静流は缶のレモンサワーを啜る。薄明るい都会の空でも、満月は明るく輝いていた。上機嫌なナマエは、静流のぼやきを聞いていない。今口ずさんだ節が気に入ったのか、同じフレーズを繰り返している。静流はふと思い立って、ナマエの口ずさんでいる歌に沿って歌う。主旋律ではなく、ハモるような形で。静流が合わせてくれたことにナマエも気が付く。嬉しそうにナマエが目を細めたのが、街灯りに照らされている。いつもは無機質に感じられる白熱灯が、今はスポットライトのようだと静流は思った。それ以降、ナマエも静流によく声をかけてくるようになった。また、静流からもナマエを、気になったライブなんかに誘うようになったのだ。
良いライブを浴びたあと、地下のライブハウスから階段を上がって外に出る。すると、にぎやかな街中の灯がいつもより輝いて見える。さっき披露された、どこにも収録されていない曲が耳の奥で響いている。不可能なのは分かっているが、できれば完璧に覚えておきたいと思う。そんな時間がナマエは好きだった。ぐ、と背伸びをしたナマエは遅れて出て来た静流に気が付く。運営の手伝いの合間を縫って、きっと彼もライブを観たのだろう。どこかまだ現実に帰ってきていないような、そんな表情だった。まるで知らない人のようだ、とナマエは思った。
「静流さん!」
「ん? あぁ、ナマエちゃん」
ナマエに気が付いた静流は、ぱっと笑顔を作る。それはナマエの見慣れたものだった。思わず話しかけてしまったが、とくに大した要件はない。そもそもナマエと静流の間に、重要な要件は存在しないのだが。
「今日のあの曲良かったですよね。どこかに収録する予定がまだないって言ってた……」
ナマエは、この瞬間自分の脳内を占めていた話題をとりあえず出力する。よかったよねえ、と静流も頷いた。
「とくにラスサビの……」
静流がおもむろに口ずさむ。正確な音程だ。それに、曲のテーマであろうしんとした寂しさと、その心地よさも表現されていた。ライブで聴いたそれと同じくらい、覚えておきたい。ナマエは強く思った。
