ゲーム作品

親しい仲となった阿形と二人きりで出かける。その行き先についてエージェントが必死に知恵を絞った結果が虹顔市唯一の水族館であった。よく晴れた日で、エージェントは阿形の駆るバイクの後ろに乗せてもらう。水族館まではすぐだった。
巨大な円筒型の水槽を、二人で並んで見上げる。銀色のミサイルのような魚たちがすいすいと泳いでいる。
「マグロとかカツオですって」
「俺も、生きてるのは初めて見たなぁ。解体ショーとかで丸ごとのは見たことあるが」
「回遊魚の飼育は難しいらしいですよ。さぞ試行錯誤したんでしょうね」
方向転換の際に出し入れされる背びれを、エージェントは面白そうに見、スマホのカメラを構えた。生物に影響を与えないようにフラッシュが光らないようになっている。カシャ、と音だけがした。

大水槽は、近海の生態を模したものであるらしい。小魚の群れが、天窓から差し込む太陽光を反射して光っている。地面には天敵がおらず隠れる気のないウツボが何匹も転がっている。水槽のアクリルに沿って、エイがのんびりと泳いでいた。
「あれはスズキだな。あっちはマダイか」
「さすが、詳しいですね」
「魚屋で売ってるやつはな」
エージェントに褒められた阿形は、にわかに照れ臭くなる。阿形が指さした魚を、エージェントはまた写真に収めていた。
「だからどうしても、新鮮でうまそうだなと思ってしまってな……」
照れ隠しと本音が混ざった言葉に、エージェントは「確かに」と生真面目に答えた。
「あ、でもおいしそうに見えるってことは魚たちが健康な状態ってことだから、やっぱり良いことらしいですよ」
ほら、と水槽の横に貼ってあった紙をエージェントは指差す。ラミネートされた説明文には、手書きの文字でエージェントが今言ったようなことが書かれていた。「飼育員の豆知識」らしい。
なるほどな、と阿形は笑う。エージェントのそういったところを、彼は気に入っていた。

二人が進んでいく通路の壁には、この水族館の開館以来の年表が記されている。何を初めて展示しただとか、初めてこの生き物の繁殖に成功しただとか。
また、歴代で飼育されていたペンギンや海獣類の個体ごとのプロフィールが掲示されていた。このペンギンはこういう性格でヒナを何羽生んだであるとか、このイルカは海外の水族館から来て、何歳まで生きたであるとか。
来てみるまで気が付かなかったが、博物施設というものは兎角に「記録」に溢れていると阿形は思った。そのひとつひとつを正しいものとして世間がまわっているということが、最近の阿形には時々恐ろしくなる。勿論、長い年月をかけて種々の人間が集まり作り上げた研究と精々人間ひとりの記憶は別のものである。それでも、阿形は考えてしまう。カオスイズムに奪われる前の自分にまつわる記録も、どこかにあるのだろうか。スコア表や、球団名簿や、集合写真などといったものが。エージェントは、阿形の思考に気が付くはずもない。一言一句漏らさぬ勢いで、年表や生き物のプロフィールを眺めていた。
「あ、この子が生まれたあたりのときにも来た覚えがあります」
それは比較的年が若いカマイルカであった。
「へえ、誰と行ったんだ?」
「学校の遠足で行ったんですよ。そういえば、家族皆でどこか行った覚えってないですね」
父は忙しい人だったから、とエージェントは小さく付け足した。
「遠足か、いいな」
「母イルカに甘えたがり」と書かれたポスターを松之助は眺める。奪われるものすらないのもまた、虚しくはないか。松之助はふとそんなことを思った。

一通り見終わって退場ゲートをくぐったエージェントは、もにもにと口を動かしていた。それに気付いた松之助が「ショップでも見るか?」と声を掛ける。どのみち仲間二人へそれぞれの土産は買おうと思っていたのだ。エージェントは反射でうなずきかけて踏みとどまった。あの、と切り出した声は硬かった。
「入口の方にあった記念写真コーナー、行きたいんですけど、当日中なら再入場もできますし」
詰まっていたものを押し出すように、エージェントはそう言った。たしかに入口横で水族館のマスコットキャラクターと写真が撮れるスポットがあったことを、松之助は思い出した。家族連れが何組か並んでいたことも。
「前に来たとき、ちょっといいなと思ってて。それで」
「ああ、もちろん」
松之助は快諾する。エージェントにはいつも世話になっている。しかしそれだけが理由ではない。世話になっているというだけで、二人きりで出かけないし、写真も撮ろうと思わない。「一緒に写真を撮りたい」などという可愛らしい頼み事をされるのも、松之助は嬉しく思った。

「じゃあ撮りまーす! はい、チーズ!」
水族館の入り口すぐの、まだ展示が始まっていない空間に、ストロボが焚かれる。水族館のキャラクターだという三等身のキャラクターの両隣に並んだふたりはスタッフの「いいですよ」の掛け声と共に緊張を緩めた。
「写真売り場はあっちです」
「ありがとうございます」
エージェントはスタッフの案内に律儀に頭を下げる。白い天板のカウンターの上のモニターに、ツーショットが表示されている。ポップなサンゴ礁のイラストのフレームが付いて、一枚単位で販売されている。
「二枚ください」
エージェントはさっさと注文と会計を済ませた。松之助は慌てる。
「えっ、いや自分の分は自分で出すぞ」
ちゃんと働いてるわけだし、と言う松之助だがエージェントはきっぱりと固辞した。
「持っててほしいんです、だからお金出させてください」
為士の無茶ぶりすら断らないエージェントが、はっきりと断ってきたのを見るのは初めてかもしれない。
「じゃあ、君の分は俺が出すよ。持っててほしいのはこっちも一緒なんだ」
松之助の申し出に、エージェントは目を丸くした。ややあって、笑って頷く。
「そういうことなら。大切にします、絶対」
エージェントは写真が入った封筒をそっと撫でた。
「ありがとな」
「写真を大切にしてくれて」のことだとエージェントは理解した。けれど、松之助にとってはそれ以外の、自分でも言語化できない事への礼でもあった。
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