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その女と静流をつないだのは、双方の酒の失敗であった。終電を焦る人々が早足で駅を目指す中、街灯の明かりから外れたところにうずくまっていた女に、静流が声をかけたのだ。
「ちょっと、どうしたの?」
声がけにも反応しない女の顔を覗き込むために、静流も姿勢を低くする。その足元に吐瀉物が飛び散っていることに、彼は気がついた。また、酒臭さも。静流の問いかけに、女は胃液の苦さを飲み込みながら「大丈夫です」と答えた。まったくの他人に心配されるほどのことではないと思ったのだ。しかし静流も、それで引き下がるような人間ではなかった。
「じゃ、ちょっと待っててよ」
正直なところ放っておいてくれ、と女は思った。しかしすぐに立ち上がる元気もない。ややあって戻ってきた静流の手にはミネラルウォーターのペットボトルがあった。
「これ、あげるから飲みな」
そこでやっと、静流はまともに女の顔を見た。それではずっと下を向かれていたからだ。しかし差し出された水を受け取ろうとはしない。静流は女の横にペットボトルを立てる。暗いコンクリートの上に、かすかに影が落ちた。本当は女が無事帰路につくまで見届けるべきだろうが、自分がここにいる限り動かないだろう。静流はそう判断し、その場を後にしたのだった。

彼女と静流が再会したのは、それから程なくのことだ。たまたま女が店で酒を飲み、トイレに立った。そのひとつしかないBARの男女共用トイレの便器に静流が顔を突っ込んでいたのだ。その日、静流は昼間からもう三軒も四軒もはしごしていた。なぜそんな自棄っぱちな飲み方をしていたのか、きっかけはもう本人も覚えていない。とにかく、完全に許容量を超えたアルコールは食道を通って口から溢れていた。ドアを閉める余裕がなかったのが、むしろ幸いした。
「飲み過ぎましたか?」
「ううん……」
呻きながら、声の主を確認すべく静流は顔を上げる。どよんとした静流の目はその女のことを思い出せなかったが、女は驚いた顔をした。
「この前、水をくれたお兄さんじゃないですか」
「この前?」
静流はトイレットペーパーで口元を雑に拭いながら記憶をどうにか辿ろうとする。道端でうずくまっていた女にコンビニで買った水を渡したような。恥ずかしいところを見られちゃったな、と静流は言おうとしたが口がうまく回らなかった。その代わりに、また便器に嘔吐する。酒と胃液の混合物が、水面を叩く音がした。
「落ち着いたら言ってください」
気にしなくてもいいのに、と静流は思った。当然、思っているだけでは伝わらない。結局、その店の勘定と清掃費は女が出したことを、静流は後日店員から聞いて知ったのだった。

三度目に顔を合わせたのもまた、酒場でのことだった。個人経営のその小さな店で、静流は初めて自分以外の客を見た。まだ二人とも飲み始めの正常な頭で、やっと顔を合わせることとなったのだ。さすがの静流も、多少の申し訳無さから女のことは探していた。数少ない記憶でも、はっきりと識別できた。
「あっ! この前はごめんお金出させたよねいくらだった?」
席にも座らずにまくし立てる静流に、女は面食らった。どうにか「いや、気にしないでください」と返した。
「わたしだって、お水もらいましたし」
「全然釣り合わないじゃん!」
「でも、いくらだったかなんて覚えてませんよ」
「……じゃあさ、せめて一杯奢らせてよ」
ね? と静流は人懐っこく笑いかけた。女も渋々ながら承諾する。これ以上の押し合いは面倒だったからだ。
「それなら、まあ」
そうして狭いカウンターに二人並ぶ。なんとなしに話すうちに、懇意にしている店が共通していることを知った。こうして顔なじみになったのだ。
女は静流と違って、滅多にアルコールで自我を押し流すような飲み方をしなかった。あの日が特別だったのだ。だから、正体をなくすほど飲んでいる静流の介抱をしたりたしなめたりするのはもっぱら女の方だった。もっとも、最初に出会った夜、女が酒に飲まれるほど飲んでいた理由を静流は知らないままだ。それに、静流の乱暴な飲み方にも女が(内心どう思ってるかはわからないにせよ)はっきりと苦言を呈することもなかった。互いの事情に深入りせず、今飲んでる酒の話や他の店で見た法外な客のことなどを話すだけの仲であった。

ある日、二人がまた偶然居合わせた店は店主の都合で早く店じまいをしたのだ。夜風の涼しい日であった。次の店を探すほどの時間はなく、さりとてこのまま帰るには早い、そんな中途半端な時刻であった。静流はさも正気であるように振る舞っていたが、足取りはふらふらとおぼつかない。まだビルに点灯する種々の看板が眩しい娯楽地区の中で、ぽつんと闇が存在していた。それは、娯楽地区のごみごみした雑居ビル群の間にある公園であった。
「こんなところに公園なんてあったんだね」
わざとらしいくらいはしゃいだ声を出して、静流は入口の車止めの間をすり抜ける。
公園とは名ばかりで、「環境を意識している」というアリバイのために四角く切られたその場所は殺風景だ。唯一置かれたベンチは、横になれないようにわざわざ肘掛けが誂えられている。ご丁寧なことで、と静流は思った。辺りを照らす野外灯は冴え冴えと青い。とりあえず静流を追いかけた女は、ベンチに腰掛けて足を投げ出した静流の隣に腰掛けた。ベンチは3つに区切られていたが、ひとつ空けて座るのはむしろ憚られたのだ。
「いい季節だね」
「そうですね」
ひんやりとした風が、街路樹の葉を揺らす。繁華街の喧噪を遮るようだった。
「お酒買ってこようかな」
「わたしは帰りますけどね」
ええ~? と静流は端正な顔をしかめた。
「さみしいから、まだ、居てよ」
肘掛けに脇腹が食い込んでいるだろうに、静流は女の肩に頭を預けた。本心の言葉なのだろうが、そう言えば相手が自分にほだされることを経験上分かっているのだろう。女は、静流の頭の重みを感じながら答えた。
「あと30分経ったら帰りますよ。わたしは」
「……それでいいよ、今日のところは」
女は線を引くようで引ききれていない答えを告げた。頭越しの、かすかな他人の柔らかさを静流は感じている。
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