ゲーム作品
あらゆる細さの筆で重ねられる線を、ナマエは真剣に見つめていた。パレットやカンヴァスの上で作られる色と色の重なりは、絵の心得がないナマエにはまったく魔法のようであった。作業に没頭する為士は自分の手元を逐一観察する人間の存在を意に介さない。これが荒鬼などであれば、有無を言わせずに追い出しただろうが。全体の陰影を調整し、離れたところからバランスを見ようと為士は少しカンヴァスから離れる。そこではじめて、ナマエに声をかけた。
「なんだ、まだ居たのか」
ともすれば嫌味に聞こえるような為士の言葉を、ただ字義どおりに受け取ったナマエは「ええ」と首肯した。
「どんどん絵が出来上がっていくのが面白くて」
為士の立ち位置からは、絵がどんな風に見えているのだろう。気になったナマエも、座っていた椅子から立ち上がって為士の隣に並んだ。同じものが見えるはずもないが、少しでも知りたかったのだ。画材の選択から見ていたナマエには、カンヴァスの上に広がるそれらが、ひとりの人間の判断によって構成されたものであることが信じられなかった。誰かの制作風景を眺めることだって、為士のそれが最初なのだ。
「これで完成なんですか?」
「いや、もう少し細部の描き込みが必要だな」
物知らずなナマエの質問に、為士が怒ることはなかった。作業中に口を挟んでこないからでもあるが、為士の作品を理解せんとしての質問だからだろう。
また筆を持ち始めた為士の邪魔にならないよう、ナマエは椅子に腰をおろした。ナマエにとってこの椅子はいつの間にか部屋に転がっていたものである。なので、為士がナマエのために他所から持ってきたことを本人は知らないままだ。面相筆でまつ毛や髪の毛の描き込みを終わらせた為士は、ひとまず完成だ、と呟いた。ナマエはまた椅子から立ち上がり、今度は様々な距離から今しがた書き上がったばかりの絵を眺める。明るい紫の塗られた肌や、書き込まれたばかりでまだ乾いていない白で縁取られたまつ毛を。
(態度は言葉より雄弁だ)
第一の鑑賞者がナマエであることに、為士は満足を覚える。大きく開かれたナマエの目に、自分の塗った色が映り込んでいるのを為士の繊細な目は捉えた。興味を覚えて、為士はナマエに近づく。
「どうしました?」
そのまま、と言うより早くカンヴァスからナマエは顔を上げて為士のほうを見た。思った通りにいかなかったもどかしさを吹き飛ばしたのは、ナマエの目に映り込んだ為士自身であった。
「俺の知らない俺が、こんなところにいたのか」
もっとよく見ようと、為士は両手でナマエの頬を挟んで顔を近づけた。彼が自分の目を見ているらしいと察したナマエは、反射的に目を閉じないように注力する。他人の眼球の中に結ばれた小さな像を、為士は捕まえたいと思った。こんなところにも、自分を映す鏡はあったのだ。満足のいくまで見つめ合ったあと、為士はナマエを開放する。
「なにか、面白いものでもありましたか」
「あぁ。まったく、新発見だ」
下準備をするのももどかしく、為士はスケッチブックを手にとった。
「次の絵を描く。もっとこっちに来てくれ」
言葉足らずの為士の命令にも、ナマエは短く了承した。短い付き合いであるが、このような彼の態度は珍しいのが分かっているからだ。
「なんだ、まだ居たのか」
ともすれば嫌味に聞こえるような為士の言葉を、ただ字義どおりに受け取ったナマエは「ええ」と首肯した。
「どんどん絵が出来上がっていくのが面白くて」
為士の立ち位置からは、絵がどんな風に見えているのだろう。気になったナマエも、座っていた椅子から立ち上がって為士の隣に並んだ。同じものが見えるはずもないが、少しでも知りたかったのだ。画材の選択から見ていたナマエには、カンヴァスの上に広がるそれらが、ひとりの人間の判断によって構成されたものであることが信じられなかった。誰かの制作風景を眺めることだって、為士のそれが最初なのだ。
「これで完成なんですか?」
「いや、もう少し細部の描き込みが必要だな」
物知らずなナマエの質問に、為士が怒ることはなかった。作業中に口を挟んでこないからでもあるが、為士の作品を理解せんとしての質問だからだろう。
また筆を持ち始めた為士の邪魔にならないよう、ナマエは椅子に腰をおろした。ナマエにとってこの椅子はいつの間にか部屋に転がっていたものである。なので、為士がナマエのために他所から持ってきたことを本人は知らないままだ。面相筆でまつ毛や髪の毛の描き込みを終わらせた為士は、ひとまず完成だ、と呟いた。ナマエはまた椅子から立ち上がり、今度は様々な距離から今しがた書き上がったばかりの絵を眺める。明るい紫の塗られた肌や、書き込まれたばかりでまだ乾いていない白で縁取られたまつ毛を。
(態度は言葉より雄弁だ)
第一の鑑賞者がナマエであることに、為士は満足を覚える。大きく開かれたナマエの目に、自分の塗った色が映り込んでいるのを為士の繊細な目は捉えた。興味を覚えて、為士はナマエに近づく。
「どうしました?」
そのまま、と言うより早くカンヴァスからナマエは顔を上げて為士のほうを見た。思った通りにいかなかったもどかしさを吹き飛ばしたのは、ナマエの目に映り込んだ為士自身であった。
「俺の知らない俺が、こんなところにいたのか」
もっとよく見ようと、為士は両手でナマエの頬を挟んで顔を近づけた。彼が自分の目を見ているらしいと察したナマエは、反射的に目を閉じないように注力する。他人の眼球の中に結ばれた小さな像を、為士は捕まえたいと思った。こんなところにも、自分を映す鏡はあったのだ。満足のいくまで見つめ合ったあと、為士はナマエを開放する。
「なにか、面白いものでもありましたか」
「あぁ。まったく、新発見だ」
下準備をするのももどかしく、為士はスケッチブックを手にとった。
「次の絵を描く。もっとこっちに来てくれ」
言葉足らずの為士の命令にも、ナマエは短く了承した。短い付き合いであるが、このような彼の態度は珍しいのが分かっているからだ。
