その他
「桜ってうまく写真撮れないよね」
恋人がそう話しかけてきたので、内海は景色から目を離してそちらを見た。橋の欄干に肘をついて、ぶれないように固定しながらスマホを構えていた彼女であるが、満足したのか妥協したのか。
きっかけは内海が近場の親戚へのお使いを母親から頼まれたことであった。ついでに桜でも見てくればと母親は言うが高校生の男一人で桜を見に行ったところで味気ないばかりだ。まず、いよいよ高校三年になってすわ大学受験だなんだと忙しくなる予定の息子をパシリにしないでほしい。そのような抗議は到底受け入れられず、それならせめてと内海は彼女を誘ったのであった。とはいえ向こうも同じく高校三年になったばかりである。予備校なり模試なりで断られるのも覚悟しながら内海はLINEを送る。
「いいよ、二時くらいに着く」
あっさりした承諾とゆるいイラストのスタンプを受け取って、舞い上がらないほうが難しいというものだ。付き合い始めたのは高2の秋ごろからだが、突発的に会えるのはまだ嬉しいサプライズとして機能している。
川の両側に伸びる桜並木は、今日が盛りとばかりに咲いていた。風が吹く度に沢山の花びらが散って、巻き上げられている。桜祭りでもやっているのか、並ぶ出店からはソースの焦げる匂いがした。
「なんか食べに行く?」
「うん」
スマホをポケットにしまった彼女は、自然に内海の手を取った。冷え性を自称するそのひんやりした手の柔らかさに、内海は新鮮に戸惑う。そもそも人と手を繋ぐことなんて、この年になったら家族とすらしないし、繋いでいる相手は初めての彼女である。怪獣が出るのとどっちが現実味がないか考えて、いやどっちも本当の事だともう何度、思い直しただろうか。そんな内海の内心に構うことなく、彼女は出店を物色している。
「やっぱり焼きそばかなぁ」
「そんなにお腹空いてるの?」
「空いてるよ、起きたの遅くて朝昼食べてないし」
「そりゃ大変」
あまり並んでなさそうな屋台かキッチンカーを探して、内海は辺りを見回す。と、強い風が吹いて花びらをまた散らしていった。風が収まっても、視界全てにちらちらと薄いピンク色の破片が回転している。
「すごいね」
視界が全て桜に染まっているから、まるで現実みを欠いていた。隣の彼女もそう感じたらしい。突風に驚いたためか、手はさっきまでよりも強く握られている。彼女の乱れた髪に花びらが一枚くっついているのが内海からは見えた。ついてる、と空いてるほうの手で彼は何気なく花びらを取ってやった。弟や幼い親戚にするように、何も考えず。
「あ、ありがと」
ややあって内海を見上げた彼女の顔は赤かった。それを見て内海は、彼女とはいえ女子の髪にうっかり勝手に触ってしまったことに気が付く。ゴメンナサイと早口で謝ったが、手を繋いだままだから逃げ場はない。いや、と彼女も内海の動揺が伝染して焦った顔をする。
「や、嫌とかじゃなくてびっくりしただけというかどちらかといえば嬉しいというか……」
話をどう着地しても恥ずかしいことに気が付いた彼女は「唐揚げ食べたいから買ってくる!」と叫んでぱっと店のほうへ駆け出して行った。空いた両手で、内海は両頬をつねる。春の夢みたいにのどかな光景の中でも、頬をつねればちゃんと痛かった。
恋人がそう話しかけてきたので、内海は景色から目を離してそちらを見た。橋の欄干に肘をついて、ぶれないように固定しながらスマホを構えていた彼女であるが、満足したのか妥協したのか。
きっかけは内海が近場の親戚へのお使いを母親から頼まれたことであった。ついでに桜でも見てくればと母親は言うが高校生の男一人で桜を見に行ったところで味気ないばかりだ。まず、いよいよ高校三年になってすわ大学受験だなんだと忙しくなる予定の息子をパシリにしないでほしい。そのような抗議は到底受け入れられず、それならせめてと内海は彼女を誘ったのであった。とはいえ向こうも同じく高校三年になったばかりである。予備校なり模試なりで断られるのも覚悟しながら内海はLINEを送る。
「いいよ、二時くらいに着く」
あっさりした承諾とゆるいイラストのスタンプを受け取って、舞い上がらないほうが難しいというものだ。付き合い始めたのは高2の秋ごろからだが、突発的に会えるのはまだ嬉しいサプライズとして機能している。
川の両側に伸びる桜並木は、今日が盛りとばかりに咲いていた。風が吹く度に沢山の花びらが散って、巻き上げられている。桜祭りでもやっているのか、並ぶ出店からはソースの焦げる匂いがした。
「なんか食べに行く?」
「うん」
スマホをポケットにしまった彼女は、自然に内海の手を取った。冷え性を自称するそのひんやりした手の柔らかさに、内海は新鮮に戸惑う。そもそも人と手を繋ぐことなんて、この年になったら家族とすらしないし、繋いでいる相手は初めての彼女である。怪獣が出るのとどっちが現実味がないか考えて、いやどっちも本当の事だともう何度、思い直しただろうか。そんな内海の内心に構うことなく、彼女は出店を物色している。
「やっぱり焼きそばかなぁ」
「そんなにお腹空いてるの?」
「空いてるよ、起きたの遅くて朝昼食べてないし」
「そりゃ大変」
あまり並んでなさそうな屋台かキッチンカーを探して、内海は辺りを見回す。と、強い風が吹いて花びらをまた散らしていった。風が収まっても、視界全てにちらちらと薄いピンク色の破片が回転している。
「すごいね」
視界が全て桜に染まっているから、まるで現実みを欠いていた。隣の彼女もそう感じたらしい。突風に驚いたためか、手はさっきまでよりも強く握られている。彼女の乱れた髪に花びらが一枚くっついているのが内海からは見えた。ついてる、と空いてるほうの手で彼は何気なく花びらを取ってやった。弟や幼い親戚にするように、何も考えず。
「あ、ありがと」
ややあって内海を見上げた彼女の顔は赤かった。それを見て内海は、彼女とはいえ女子の髪にうっかり勝手に触ってしまったことに気が付く。ゴメンナサイと早口で謝ったが、手を繋いだままだから逃げ場はない。いや、と彼女も内海の動揺が伝染して焦った顔をする。
「や、嫌とかじゃなくてびっくりしただけというかどちらかといえば嬉しいというか……」
話をどう着地しても恥ずかしいことに気が付いた彼女は「唐揚げ食べたいから買ってくる!」と叫んでぱっと店のほうへ駆け出して行った。空いた両手で、内海は両頬をつねる。春の夢みたいにのどかな光景の中でも、頬をつねればちゃんと痛かった。
