その他

学祭一日目の一回目の公演で、思ったより好感触だったから調子こいて入れたマニアックなアドリブは案の定滑り倒した。どういう内容かは、グリッドマンにも元ネタにも申し訳ないのでこの場では語らない。教室に組んだだけのステージからでも、冷え切った客席はよく見える。照明係が、俺を照らしながら俯いて震えてるのが目に入った。今年に入ってからの付き合いだけど、あれが爆笑であることが俺には分かっている。

「あんなに笑わなくてもいいじゃんか」
「ごめんって」
終わったあと、滑ったことを他のクラスメイトたちにいじられながらも、俺は照明を担当していたそいつを小突きに行く。言葉だけで謝りながらも、また思い出し笑いし始めたその女子もクラスTシャツを当然着ていた。その半袖から伸びる素肌の腕を俺は視線の端に止める。昨年度はどうだか知らないけど、4月からずっと――真夏も――セーターを着ていたから新鮮だった。腕まくりもしてなかったから、もしかしたら何かしら事情があって肌を見せたくないのかもしれない。そう邪推したこともあったけどどうやらそれは杞憂のようだった。
「次は14時からだから、30分前には戻って来てね」
そんな仕切り役のアナウンスがあって、何となく2-Fはいったん解散の流れになる。衣装を片付けてから、裕太のクラスでも冷やかそうかな。ぼんやりそう考えていると、彼女が話しかけてきた。照明は片付けも何もないから、すぐ動けたのだろう。
「内海くん、ごはん買いに行かない?」
「いいけど……」
「もしかして宝田さんとかと約束してた?」
「ぜ~んぜん」
ぶんぶんと俺は首や手を振って否定する。裕太とも別に約束しているわけではない。大袈裟な動作はオタク男子の悲しいところだが、彼女はそれには構わずにじゃあ焼きそば食べに行こうよと言った。

休憩スペースはどこもいっぱいで、二人座れるところがなかったから、結局自分たちの使っている教室へ戻ってきてしまう。鞄や衣装や小道具が散乱しているのを脇へ寄せて、窓際に備え付けられた使ってないストーブの上へ腰かける。
「紅ショウガ苦手だからあげるよ」
「あっ、おい」
まだ口付けてないから大丈夫、と焼きそばの上に紅ショウガを増量される。こっちの腕とあっちの腕がくっつきそうになって、自分が汗臭くないかが急に気になった。

焼きそばを食べている途中に荷物を取りに来たクラスメイトはいたけど、食べ終わる頃にはまた二人きりになってしまった。俺は沈黙に耐えられない。
「あのさ、半袖着てるの珍しくない?」
「え? あぁ……そう、かも」
まずい、服装にとやかく言うべきじゃなかったかもしれない。地雷を踏んだかと俺は戦々恐々する。膝に空のパックを乗せて、彼女は右手で左袖を引っ張った。表情はとくに読めない。
「中学の制服がダサくてさ、セーターとかカーディガンとか着てないととてもじゃないけど恥ずかしい! ってなってたわけよ」
「そんなに?」
「女子の中ではそういうことになってたっていうか。同調圧力ってやつ? それで中学三年間ずーっと長袖」
下らねー、と彼女は自嘲的に笑う。
「でもその下らない習慣のおかげで、高校もなんとなくずっとセーター着ることになっちゃった。せっかく服装ゆるい高校に入ったのに」
彼女が言葉を切る。この教室はスピーカーを切りっぱなしだったから、廊下から何かが売り切れましたの放送が聞こえた。
「だから、特に大した理由はないっていうか……そうそうドラマチックな出来事なんてないわけよ」
「大した理由じゃない、ことはないだろ」
ドラマチックな出来事が本当は案外起こり得ることを、俺は知っている。だってそもそもこの世界――俺や、横にいる相手も含めた――はきっとそういう大した理由じゃないことの組み合わせで、神様が作り出したのだ。
「自分にとっては大したことだったんだろ」
暑く感じるのは、空調が切れた教室で、カーテンの隙間から入る日差しを背中に受けているからだ。彼女はゆっくり二回まばたきをした。いつも長袖だからか、全然暑そうではない。
「内海くんって、いい奴だね」
「それ褒めてる?」
「褒めてるよ」
ありがと、と言う笑顔はさっきとは違った。俺は汗でずれた眼鏡を直す。
「でもさぁ、宝田さんだっていっつも長袖じゃん」
直した眼鏡がまたずり落ちた。確かに、とだけ辛うじて返事する。全然気にしたことがなかった。宇宙船なんて雑誌も知らないしレッドキングとか言っても全然ピンと来ないしウルトラマンたちの見分けもつかないような奴だけど、それでも。
「……俺は、君がセーターなしで制服の半袖着てるとこを見たい、ですけど」
反論になってないしそもそも通常なら口に出すことはなかっただろう。顔をまともに見て伝えることができず、教室のドアにまっすぐ視線を向けてしまう。彼女は隣で今どんな顔をしているんだ。さすがに気になって視線をそちらに向けようとしたとき、ドアが開いた。入ってこようとした六花さんとまともに目が合う。
「あー……、ごゆっくり?」
どこかで聞いたような、しかしそれよりもずいぶん気まずげな声色でそう言って、六花さんは扉を閉めて去っていった。うやむやにするにはこれが最後のチャンスだったのかもしれない。観念して、改めて隣に視線を向ける。でも、そっぽを向いてしまっているから結局のところ表情は分からなかった。
「じゃあ、そうしよう、かな」
どうせ今月末には衣替えだけど、と付け足された言葉は照れ隠しだと思わせてくれ。新条アカネではない、もっとふわふわした神様への神頼みを思わずしてしまった。
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