吸死

同窓会といっても、クラス単位の気軽なものだ。集まったのも二十人いかないくらいで。高2のクラスの集まりなので、半田もカメ谷もいない。おかげでロナルドはその人気を適度にからかわれたり、頼まれるままに著書にサインをしたり、平和に思い出話に花を咲かせることができた。
三時間飲み放題のコースが終わったあと、解散して駅に帰る奴らと名残惜しくて次の店の相談をする奴らに分かれた。
(どうせ仕事は夜からだから二次会に行ってもいいな)
そう考えたロナルドの袖をこっそり引いた人間がいた。
「二人だけで、飲みなおさない?」
彼はどぎまぎしながら二つ返事で誘いに乗ってしまう。ドッキリか何かか、と酒が回った頭でぼんやり考えた。自分が女性と二人だけで、こうして酒を飲んでいるなんて。高校生当時、彼女と特別仲がいいわけではなかったのでロナルドは不思議に思う。高校生の頃、大人になったらデートでスマートに酒を飲んだりするのかと漠然と考えていたが、現実は微妙にずれていた。薄暗い和風居酒屋で、ロナルドの向かい側に座る彼女はすました顔で梅酒を飲んでいる。
「秘密にしてたけど、ロナルドくんのことけっこう好きだったんだよね」
がたん! と動揺したロナルドの肘がジョッキを倒した。幸いジョッキは机に転がるのみにとどまったが、ロナルドがとりあえず注文してほとんど口をつけていなかったビールが床を濡らした。格好悪い、とロナルドは焦るが彼女は特に表情を変えず、店員を呼んだ。床をすっかり片付けてもらってから、彼女はロナルドにメニューを渡す。
「そんなに驚くと思わなかったな」
「いや、驚くだろ……」
メニューに目を落とせば、向かいに座っている彼女を見ずに済む。酒を選ぶふりをしながら、ロナルドは何気なさを装って彼女に問う。
「なんで秘密にしてたんだよ」
「あっ、覚えてないんだ」
「何が」
彼女の声色に呆れが含まれていた気がして、ロナルドは顔をあげた。彼女は梅酒のグラスをまわして、からからと氷を鳴らしている。表情からは読めなかった。
「ロナルドくんが一瞬付き合ってた女の子いたでしょう。あんまり思い出したくないかもだけど」
げぇ、とロナルドは苦い顔をする。成立した瞬間の自分の浮かれっぷりと破局後の沈みっぷりは確かに負の記憶である。できればドラルクあたりには一生隠し通したい。
「あの子と仲がよかったから気まずかったんだよね。先を越されたっていうのもあるし、別れたあと、あの子結構ロナルドくんのこと色々言ってたから。もう疎遠になっちゃったけど」
今日来てなくてよかったかもねぇ、と言う彼女の耳は赤かった。化粧で顔が赤くなっているかは分からなかった。彼女の顔を凝視できず、ロナルドは目線を逸らして店員を呼ぶベルを押した。だいぶ前から飲む気は薄れていたので、ウーロン茶を注文した。少し冷静になりたかったのだ。いつの間にか梅酒を飲み干していた彼女は今度はサワーを注文する。同窓会ではどれくらい飲んでいたのだろうか。高校の同級生の酒の強さなんて知らないが自分よりは強いのだろう、とロナルドは思う。酒が運ばれてくるまで彼女は黙っていた。水を差されたくなかったのだ。飲み物を運んできた店員が去ったのを見計らって彼女はまたロナルドに向き直る。
「皆はロナルドくん、高校のときよりかっこよくなったねって言ってたけど、私は高校のときからかっこいいと思ってたよ」
言った者勝ちかもしれなけど、と付け加えられた言葉をロナルドは聞いていない。自分の自意識過剰でなければ今、自分は口説かれているのか。こういったことに慣れていないロナルドは馬鹿正直に思考したことを口に出してしまう。しけったポテトに伸びた彼女の手が止まった。
「……そうだね、そうなんだと思う」
高校のときの彼女がどういう生徒だったか、ロナルドは覚えていない。同じクラスであったことも今日再会してはじめて思い出したくらいなのだ。もう一度ドッキリの可能性をロナルドは考えたが、半田もカメ谷もさすがにここまで(セロリ以外で)嫌に手のこんだイタズラは仕掛けないだろう。ウーロン茶の独特な風味を飲みこんで、ロナルドは息を吐いた。吸血鬼退治のとき、狙いを定めるときと同じ種類の呼吸だ。
「あのさ、また会わないか」
「今度、どこか行かない?」
二人はほとんど同時に言葉を発した。一世一代の告白もかくやというくらい気合いの入っていたロナルドは、さらに顔を赤くする。彼女も手で顔をぱたぱたと扇ぎ、どうにか顔の火照りを収めようとしていた。ロナルドはその仕草を可愛いと思っている。大人になって酒を飲みながらでも青春はできるのだ。
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