その他
「そういえばあなたそっくりの人が写ってたよ」
月曜のランチ中は、休日何をしていたかの話をすることが多い。今発言した同僚は写真が趣味で、よく写真展に行った話もするのだ。そこで私に似た人の写真を見たらしい。
「あなたも見に行ってみなよ、びっくりするから」
彼女が手元のスマホを操作する。ややあって私のスマートフォンが震えた。未だに慣れないこの機械をしどろもどろ操作して彼女からのメール(私がウィーチャットとかをやっていないので)を開く。メールに記された文字列に触れると、写真展のホームページが表示された。市政五十周年を記念して、写真でこの土地の歴史を振り返るという趣旨の企画展のようだ。面白そうだね、なんて返事をしたところで昼休みが終わった。
仕事を終えて帰宅した私は、ふう、と息を吐いた。人間なら帰ってすぐに電気を付けるところだろうけど、私の目は暗いところでもよく見える。窓から入ってくる街の明かりで十分なくらいだ。だからテレビとか、スマートフォンとか、パソコンとか、人間の作った機械の光は時々眩しすぎる。最大まで暗く絞った――この操作はまっさきに覚えた――スマートフォンの画面には、特別展のページがそのまま開かれている。そういえば50年前に人間たちが盛り上がっていた気がする。私のような妖精には「そういうの」はあまりピンと来ないものだが、あのあたりから人が爆発的に増え始めたのは事実だ。時が流れるのはあっという間だ、という独り言は薄闇に溶けていった。
次の休み、私は同僚に紹介された写真展を見に、炎天下のなか博物館へ続く道を歩いていた。遮るもののない日差しに熱された風は、ますます体感温度を上げていく。この坂道はここが山だった頃から変わらない。コンクリートの上をスニーカーで歩こうが、落ち葉で覆われた上を裸足で歩こうが坂は坂だ。最近、風息という妖精が大変なことをしでかしたという噂が回ってきていた。彼と直接の面識はないけれど、少しだけその気持ちは理解できる気がした。古巣を取り戻そうとした彼からしたら、私はきっと腰抜けなのだろうけれど。なにぶん人間に変えられていく土地にずるずると浅ましくしがみついているのだから。古い友人たちのほとんどが館や他の土地へ移った。愛着のある場所の変化は誰だって怖い。
博物館に入って、したたる汗をぬぐう。クーラーの冷たい風が急速に体を冷やしていくのにはいつだって閉口する。特別展の会場は入り口すぐの部屋だった。ずらずらと並んだ白いパネルに掲示されている写真を眺める。粗い粒子の集まりは、少し離れたところから眺めると今はもう記憶の中にしか存在しない風景を結ぶ。どうやらここ百年くらいに撮影されたものを展示しているようだった。
(あれはあの子が住みかにしていたぶなの木だ。あっちはよく水浴びをした場所)
添えられた年代を見ると、ここらがギリギリ山野だった頃だ。この写真が撮られた数年後にはもう木は斬り倒され、川も暗渠に作り替えられている。私は早くも、のこのこと来たことを後悔し始めた。慣れはどこまでいっても慣れであって、折り合いがはっきり付いているわけではないのだ。普段は目を背けている事実を突きつけられて、胃の腑のあたりが重く渦巻くのを感じていた。
急に億劫になった体を引きずって、私は失われた風景を眺める。思ったよりも数が多い。それだけ特別なものとして切り取るのなら、拓かなければよかったのにという恨み言が口から飛び出しそうになる。風景のみのゾーンを抜けると、人が真ん中に写っている写真ばかりになってきた。会ったことがある人間もいるのだろうが、人の顔なんていちいち覚えていない。引っ掛からない程度のおぼろ気な記憶をたどりながら歩く。するとひときわ大判の写真の前で足が止まった。滝を背景に、二人の少女が笑っている。強い風が吹いたのか、髪の毛が頬に貼りついているがそれすらも面白いという笑顔だった。
「私だ」
まったく同じ顔がそこにはあった。違うのは髪の長さくらいだ。そうだ、カメラが物珍しくてよく人間の姿をとっては遊んでいた。隣に写っている少女はあの時仲が良かった人間だ。名前は聞かなかったけど。変化術と足の速さ以外に取り柄がない私は、神として崇められるよりも人に交じって遊ぶほうが好きだと思ったのだ。これも忘れかけていたことだ。強ばっていた肩から力が抜けた。あぁ、というため息とも感動ともつかない声が漏れた。
館にわがままを言ってまで、友と離れてまでこの土地にしがみついて人間と一緒に生きていくことを選んだのは、そうだ、私はここに生きる人間たちのことを憎みきれなかったのだ。昔の自分が選んだことを私は忘れてしまっていた。当たり前になりすぎていたのかもしれない。ずいぶん長く同じ写真の前に立ち尽くしていたが、他の見学客がぞろぞろと進んできたので私は慌てて身を引いた。見回してみれば、ずいぶんと人が入っている展示のようだった。孫と来ているらしい老人が、なにやら話している姿が見えた。少しだけでいいから今日の話を覚えたまま大人になってほしいと私はこっそり願う。もしかしたらあの老人ともいつか一緒に遊んだことがあるかもしれない。
失われていくばかりだが、それでも何らかの形で残ることもある。それがこうやって意識しないタイミングで目の前に現れることも。こういうことがある限り私はこの土地から離れる決心もつかないし、人間のことも嫌いになりきれないままだろう。
売店で、あの写真のポストカードを買った。見せて回りたい相手が沢山いるのだ。友人たちだけじゃなく、無限様にも。自分よりも年上の人間である彼にはずいぶん世話になったから。
月曜のランチ中は、休日何をしていたかの話をすることが多い。今発言した同僚は写真が趣味で、よく写真展に行った話もするのだ。そこで私に似た人の写真を見たらしい。
「あなたも見に行ってみなよ、びっくりするから」
彼女が手元のスマホを操作する。ややあって私のスマートフォンが震えた。未だに慣れないこの機械をしどろもどろ操作して彼女からのメール(私がウィーチャットとかをやっていないので)を開く。メールに記された文字列に触れると、写真展のホームページが表示された。市政五十周年を記念して、写真でこの土地の歴史を振り返るという趣旨の企画展のようだ。面白そうだね、なんて返事をしたところで昼休みが終わった。
仕事を終えて帰宅した私は、ふう、と息を吐いた。人間なら帰ってすぐに電気を付けるところだろうけど、私の目は暗いところでもよく見える。窓から入ってくる街の明かりで十分なくらいだ。だからテレビとか、スマートフォンとか、パソコンとか、人間の作った機械の光は時々眩しすぎる。最大まで暗く絞った――この操作はまっさきに覚えた――スマートフォンの画面には、特別展のページがそのまま開かれている。そういえば50年前に人間たちが盛り上がっていた気がする。私のような妖精には「そういうの」はあまりピンと来ないものだが、あのあたりから人が爆発的に増え始めたのは事実だ。時が流れるのはあっという間だ、という独り言は薄闇に溶けていった。
次の休み、私は同僚に紹介された写真展を見に、炎天下のなか博物館へ続く道を歩いていた。遮るもののない日差しに熱された風は、ますます体感温度を上げていく。この坂道はここが山だった頃から変わらない。コンクリートの上をスニーカーで歩こうが、落ち葉で覆われた上を裸足で歩こうが坂は坂だ。最近、風息という妖精が大変なことをしでかしたという噂が回ってきていた。彼と直接の面識はないけれど、少しだけその気持ちは理解できる気がした。古巣を取り戻そうとした彼からしたら、私はきっと腰抜けなのだろうけれど。なにぶん人間に変えられていく土地にずるずると浅ましくしがみついているのだから。古い友人たちのほとんどが館や他の土地へ移った。愛着のある場所の変化は誰だって怖い。
博物館に入って、したたる汗をぬぐう。クーラーの冷たい風が急速に体を冷やしていくのにはいつだって閉口する。特別展の会場は入り口すぐの部屋だった。ずらずらと並んだ白いパネルに掲示されている写真を眺める。粗い粒子の集まりは、少し離れたところから眺めると今はもう記憶の中にしか存在しない風景を結ぶ。どうやらここ百年くらいに撮影されたものを展示しているようだった。
(あれはあの子が住みかにしていたぶなの木だ。あっちはよく水浴びをした場所)
添えられた年代を見ると、ここらがギリギリ山野だった頃だ。この写真が撮られた数年後にはもう木は斬り倒され、川も暗渠に作り替えられている。私は早くも、のこのこと来たことを後悔し始めた。慣れはどこまでいっても慣れであって、折り合いがはっきり付いているわけではないのだ。普段は目を背けている事実を突きつけられて、胃の腑のあたりが重く渦巻くのを感じていた。
急に億劫になった体を引きずって、私は失われた風景を眺める。思ったよりも数が多い。それだけ特別なものとして切り取るのなら、拓かなければよかったのにという恨み言が口から飛び出しそうになる。風景のみのゾーンを抜けると、人が真ん中に写っている写真ばかりになってきた。会ったことがある人間もいるのだろうが、人の顔なんていちいち覚えていない。引っ掛からない程度のおぼろ気な記憶をたどりながら歩く。するとひときわ大判の写真の前で足が止まった。滝を背景に、二人の少女が笑っている。強い風が吹いたのか、髪の毛が頬に貼りついているがそれすらも面白いという笑顔だった。
「私だ」
まったく同じ顔がそこにはあった。違うのは髪の長さくらいだ。そうだ、カメラが物珍しくてよく人間の姿をとっては遊んでいた。隣に写っている少女はあの時仲が良かった人間だ。名前は聞かなかったけど。変化術と足の速さ以外に取り柄がない私は、神として崇められるよりも人に交じって遊ぶほうが好きだと思ったのだ。これも忘れかけていたことだ。強ばっていた肩から力が抜けた。あぁ、というため息とも感動ともつかない声が漏れた。
館にわがままを言ってまで、友と離れてまでこの土地にしがみついて人間と一緒に生きていくことを選んだのは、そうだ、私はここに生きる人間たちのことを憎みきれなかったのだ。昔の自分が選んだことを私は忘れてしまっていた。当たり前になりすぎていたのかもしれない。ずいぶん長く同じ写真の前に立ち尽くしていたが、他の見学客がぞろぞろと進んできたので私は慌てて身を引いた。見回してみれば、ずいぶんと人が入っている展示のようだった。孫と来ているらしい老人が、なにやら話している姿が見えた。少しだけでいいから今日の話を覚えたまま大人になってほしいと私はこっそり願う。もしかしたらあの老人ともいつか一緒に遊んだことがあるかもしれない。
失われていくばかりだが、それでも何らかの形で残ることもある。それがこうやって意識しないタイミングで目の前に現れることも。こういうことがある限り私はこの土地から離れる決心もつかないし、人間のことも嫌いになりきれないままだろう。
売店で、あの写真のポストカードを買った。見せて回りたい相手が沢山いるのだ。友人たちだけじゃなく、無限様にも。自分よりも年上の人間である彼にはずいぶん世話になったから。
