その他
「私が住んでた木はなんかパワースポットとかいうやつになっちゃってさ、毎日のように人間が来るわけさ」
「うちは普通に団地が立ったなあ。もうここに森があったこと分かんないよ」
私たち妖精が、初対面の奴と手っ取り早く盛り上がれる共通の話題は「住んでいたところが今どうなっているか」だ。自虐と諦感を含んだ当事者だけが吐ける冗談。でも私が住んでいた森の名を挙げると皆、種々の同情が混じった視線を向ける。
「あの風息のとこでしょ? 大変じゃなかった?」
「気持ちは分かるけどさぁ、どうにもならないこともあるよね」
大変なことなんて何もなかったと言うだけなら簡単だけど、きっと虚勢として受け取られるだろう。だって大変なことがなかったらなぜ自分はここにいるのだ。彼らのもとを去ってこうして館で安穏と暮らしている私には何も言えることがない。
風息の声は、晴れた日に木々の梢が揺れる音に似ていた。私はその声が好きだった。けれど人間たちが森を切り崩すうちに、その声からは柔らかさが失われていった。冬の頬を刺す北風のような冷たさと鋭さを持った目を彼が人間に向けるのが怖くなった。でも、テンフーと風息と人間たちのお祭りをこっそり見に行った夜を私は忘れられない。風息もきっとそうだったろう。最初のほうは、人間へ歩み寄ろうとしていたのだから。でもそう試みては失敗するたびに風息がどんどん頑なになっていくのを私にはどうすることもできなかった。その上、彼が線路を捻じ曲げようが工場を破壊しようが止まらない人間たちのことも怖くなって、私はあの土地から離れたのだ。それでもしばらくは時折彼らと会ったり、連絡をとったりしていた。しかし携帯端末が妖精の間で出回り、すっかり定着したあたりで端末を持っていない彼らとは疎遠になってしまった。それからは時折風息たちが何をやらかしたかの噂を聞くのみだった。
そして、あの事件が起こった。風息たちが妖精を傷つけたこと、もう今はすっかり人間たちの街となったあの土地で大変なことをしたこと、風息が大樹に姿を変えて眠りについたことを私は人づてに聞いた。そのとき私は彼らがもう戦わなくてもよくなったことに安心してしまって、どの面を下げてと自分を嫌悪した。私の言葉で彼らが止められたとは思えない。どうしようもなかったのだと自分に言い聞かせる。だから本当に久しぶりに龍游に行こうと思ったのも自己満足でしかない。
同郷で交流もあった私が風息のもとに行くのはすぐには許可が下りないことも覚悟していたが、館からはあっさりと許しが出た。木属性でもなく、とるに足りない能力しか持たない私は脅威ではないと思われたのかもしれないし、今更どうしようもできないと思われたのかもしれない。
月の明るい夜だった。もう館による後始末はほとんど終わっているらしく、一応監視しているのであろう執行人がまばらにいるくらいだ。私は大樹に近寄り、そっと木肌に触れた。かすかに彼の気配を感じられ、懐かしさが胸を締め付ける。風息、と思わず呼びかけたが勿論答えはない。話したいことなど何も考えていなかったので、それからはただ無言で空や生い茂る葉を見上げていた。
都会の喧騒もここまでは届かない。しかし、風息が人間たちの宴の歓声に目を細めていた夜もあったのだ。私なんぞが彼の気持ちを推し量ることなどできないが、彼はそんな日に帰りたかっただけなのかもしれない。夜風が梢を揺らしていく。その音は私の記憶の中にある風息の穏やかな声とよく似ていた。
「うちは普通に団地が立ったなあ。もうここに森があったこと分かんないよ」
私たち妖精が、初対面の奴と手っ取り早く盛り上がれる共通の話題は「住んでいたところが今どうなっているか」だ。自虐と諦感を含んだ当事者だけが吐ける冗談。でも私が住んでいた森の名を挙げると皆、種々の同情が混じった視線を向ける。
「あの風息のとこでしょ? 大変じゃなかった?」
「気持ちは分かるけどさぁ、どうにもならないこともあるよね」
大変なことなんて何もなかったと言うだけなら簡単だけど、きっと虚勢として受け取られるだろう。だって大変なことがなかったらなぜ自分はここにいるのだ。彼らのもとを去ってこうして館で安穏と暮らしている私には何も言えることがない。
風息の声は、晴れた日に木々の梢が揺れる音に似ていた。私はその声が好きだった。けれど人間たちが森を切り崩すうちに、その声からは柔らかさが失われていった。冬の頬を刺す北風のような冷たさと鋭さを持った目を彼が人間に向けるのが怖くなった。でも、テンフーと風息と人間たちのお祭りをこっそり見に行った夜を私は忘れられない。風息もきっとそうだったろう。最初のほうは、人間へ歩み寄ろうとしていたのだから。でもそう試みては失敗するたびに風息がどんどん頑なになっていくのを私にはどうすることもできなかった。その上、彼が線路を捻じ曲げようが工場を破壊しようが止まらない人間たちのことも怖くなって、私はあの土地から離れたのだ。それでもしばらくは時折彼らと会ったり、連絡をとったりしていた。しかし携帯端末が妖精の間で出回り、すっかり定着したあたりで端末を持っていない彼らとは疎遠になってしまった。それからは時折風息たちが何をやらかしたかの噂を聞くのみだった。
そして、あの事件が起こった。風息たちが妖精を傷つけたこと、もう今はすっかり人間たちの街となったあの土地で大変なことをしたこと、風息が大樹に姿を変えて眠りについたことを私は人づてに聞いた。そのとき私は彼らがもう戦わなくてもよくなったことに安心してしまって、どの面を下げてと自分を嫌悪した。私の言葉で彼らが止められたとは思えない。どうしようもなかったのだと自分に言い聞かせる。だから本当に久しぶりに龍游に行こうと思ったのも自己満足でしかない。
同郷で交流もあった私が風息のもとに行くのはすぐには許可が下りないことも覚悟していたが、館からはあっさりと許しが出た。木属性でもなく、とるに足りない能力しか持たない私は脅威ではないと思われたのかもしれないし、今更どうしようもできないと思われたのかもしれない。
月の明るい夜だった。もう館による後始末はほとんど終わっているらしく、一応監視しているのであろう執行人がまばらにいるくらいだ。私は大樹に近寄り、そっと木肌に触れた。かすかに彼の気配を感じられ、懐かしさが胸を締め付ける。風息、と思わず呼びかけたが勿論答えはない。話したいことなど何も考えていなかったので、それからはただ無言で空や生い茂る葉を見上げていた。
都会の喧騒もここまでは届かない。しかし、風息が人間たちの宴の歓声に目を細めていた夜もあったのだ。私なんぞが彼の気持ちを推し量ることなどできないが、彼はそんな日に帰りたかっただけなのかもしれない。夜風が梢を揺らしていく。その音は私の記憶の中にある風息の穏やかな声とよく似ていた。
