吸死
サテツさーん、と懐っこく自分の名前を呼ぶ声が聞こえたので、サテツは反射的に立ち止まってしまう。
始発にはまだ時間がある駅前のベンチに見知った顔が腰かけていた。正直言って突然訳の分からない要求――自分を殴り殺してほしい――をしてきた吸血鬼の少女のことをサテツは少し苦手だった。しかし足を止めた以上、もう無視できる段階にはない気がしたので、観念して彼女の方へ歩いていく。ロナルドやショットがいなくてよかった、と思うが彼女が話しかけてくるのは決まってサテツ一人のときだ。
「お久しぶりです。最近は他の退治人の方々と一緒にいらしたから、なかなか声がかけづらくって」
自分が考えていることを読まれたのか、とサテツは困惑するが頬を染めている彼女はそれに気付かず話し続ける。
「だってよく知らない方に、あんなお願いしているところを聞かれるのは恥ずかしいですから……」
自分との初対面でいきなりプロポーズと殺害希望を出してきたのは彼女にとって恥ずかしいことじゃなかったのだろうか。サテツの困惑は深くなる。
「それで、考えてくださいましたか。私のお願い」
「いや……何度お願いされても無理なものは無理だよ……」
「どうしてですか? 同意の上ですよ? 何か謝礼が欲しいのであれば応じます!」
お金でも、食べ物でも、と彼女はベンチから立ち上がってサテツに迫る。そもそも退治人なので何もしていない相手を無闇に害したくはない、ということをサテツは説明する。説明するたびに彼女の存在に慣れてきて、どんどん流暢になっている。それに、自分の胸のあたりまでしかないような身長の、何もしていない少女を傷つけたくはなかった。
「というか、どうしてそんなにこだわるの」
えぇ? と彼女は呆れた声を出して詰め寄っていたサテツから距離をとる。
「退治人やってるのに吸血鬼の享楽主義を舐めてるんじゃないですか。少なくとも私やその周囲はやりたいことは何としてもやりたいし、楽しいことがあればそればかり飽きるまでやりますよ」
くる、と彼女はその場でターンした。それもやりたいからやっているのだろうかとサテツは思う。
「まぁ血を吸いたいだけ吸ったりしたらこのご時世捕まるからそれはあまりやりませんけど。サテツさんが殴り殺しに来てくれるならやぶさかではないですが」
「本当にやめてね……」
「やりませんよ、嫌われたくないので。それに私そんな大食漢じゃないですし」
くるくるとサテツの前で彼女は回っていたが、あ! と声を上げてピタリと止まった。サテツをまっすぐに見つめるその瞳がわずかな光を受けて光っている。軽い足取りで一歩彼女はサテツに近付いた。
「サテツさんのそのすばらしい食欲が、全部吸血欲に転化したらどうなってしまうんでしょうね」
面白そうに彼女は目を細める。少女らしからぬその表情に、サテツの背筋は冷たくなる。見た目から勝手に若い吸血鬼だろうと思っていたが、彼女が一体何年生きているのかすら知らないことに気が付いた。
硬直してしまったサテツを見て、彼女はつまらなそうに唇を尖らせた。
「何かしら挑発すれば乗ってくれると思ったんですけどね」
今日は帰ります、と彼女は駆け出してあっという間に午前三時の闇に消えていった。
始発にはまだ時間がある駅前のベンチに見知った顔が腰かけていた。正直言って突然訳の分からない要求――自分を殴り殺してほしい――をしてきた吸血鬼の少女のことをサテツは少し苦手だった。しかし足を止めた以上、もう無視できる段階にはない気がしたので、観念して彼女の方へ歩いていく。ロナルドやショットがいなくてよかった、と思うが彼女が話しかけてくるのは決まってサテツ一人のときだ。
「お久しぶりです。最近は他の退治人の方々と一緒にいらしたから、なかなか声がかけづらくって」
自分が考えていることを読まれたのか、とサテツは困惑するが頬を染めている彼女はそれに気付かず話し続ける。
「だってよく知らない方に、あんなお願いしているところを聞かれるのは恥ずかしいですから……」
自分との初対面でいきなりプロポーズと殺害希望を出してきたのは彼女にとって恥ずかしいことじゃなかったのだろうか。サテツの困惑は深くなる。
「それで、考えてくださいましたか。私のお願い」
「いや……何度お願いされても無理なものは無理だよ……」
「どうしてですか? 同意の上ですよ? 何か謝礼が欲しいのであれば応じます!」
お金でも、食べ物でも、と彼女はベンチから立ち上がってサテツに迫る。そもそも退治人なので何もしていない相手を無闇に害したくはない、ということをサテツは説明する。説明するたびに彼女の存在に慣れてきて、どんどん流暢になっている。それに、自分の胸のあたりまでしかないような身長の、何もしていない少女を傷つけたくはなかった。
「というか、どうしてそんなにこだわるの」
えぇ? と彼女は呆れた声を出して詰め寄っていたサテツから距離をとる。
「退治人やってるのに吸血鬼の享楽主義を舐めてるんじゃないですか。少なくとも私やその周囲はやりたいことは何としてもやりたいし、楽しいことがあればそればかり飽きるまでやりますよ」
くる、と彼女はその場でターンした。それもやりたいからやっているのだろうかとサテツは思う。
「まぁ血を吸いたいだけ吸ったりしたらこのご時世捕まるからそれはあまりやりませんけど。サテツさんが殴り殺しに来てくれるならやぶさかではないですが」
「本当にやめてね……」
「やりませんよ、嫌われたくないので。それに私そんな大食漢じゃないですし」
くるくるとサテツの前で彼女は回っていたが、あ! と声を上げてピタリと止まった。サテツをまっすぐに見つめるその瞳がわずかな光を受けて光っている。軽い足取りで一歩彼女はサテツに近付いた。
「サテツさんのそのすばらしい食欲が、全部吸血欲に転化したらどうなってしまうんでしょうね」
面白そうに彼女は目を細める。少女らしからぬその表情に、サテツの背筋は冷たくなる。見た目から勝手に若い吸血鬼だろうと思っていたが、彼女が一体何年生きているのかすら知らないことに気が付いた。
硬直してしまったサテツを見て、彼女はつまらなそうに唇を尖らせた。
「何かしら挑発すれば乗ってくれると思ったんですけどね」
今日は帰ります、と彼女は駆け出してあっという間に午前三時の闇に消えていった。
