ゲーム作品

シャルルの片隅にある筐体機は、ここが出来た当初からあるらしい。何世代と前のゲームらしく、遊んでいる人間を東は見たことがなかった。彼女以外は。
比較的カジュアルな格好をしているが、どこかで働いているのだろう。平日は夜の比較的早い時間、休日は日中に来ていることが多い。他のゲームには目もくれず、目当てのゲームだけ数回やって帰っていく。来る客を皆じろじろ見ているわけではないが、誰もやっていないゲームをプレイするその女は、嫌でも東の目についた。

「あの、すいません」
その日の店番は東ひとりだった。客足もまばらな夜で、スタッフカウンターで暇をしていた東に話しかけてきたのは、件の女だった。
「どうしたんです?」
「あの、あそこの筐体機なんですけど。画面がついてなくて」
見ると、確かにゲーム機の画面は真っ暗な沈黙していた。こいつはすんませんね、と東は立ち上がる。筐体の周りをためすがめつした東は、筐体をずらして、スーツが汚れるのも構わずに床に膝をつく。思った通り、コンセントが外れているのを発見した。昼間、同じ列にある格闘ゲームで遊んでいた客が対戦に負けた腹いせに台パンなどしていたのだ。筐体機を蹴り飛ばした瞬間に責任を持ってつまみだして出禁を勧告したが。
「電源が抜けちまってたみたいです。差しなおしたんで、これで大丈夫だと思いますよ」
東の言う通り、何ごともなかったかのようにゲーム画面にはキャラクターが跳ねまわり、ピコピコしたBGMが流れた。
「ありがとうございます」
女は東に礼を言った。少しだけ微笑んだようだが、社交的なものだろう。財布から100円玉を探す彼女に、東が話しかけたのは好奇心が勝ったからであった。
「そのゲーム、そんなにお好きなんスか」
東が会話が続けたことに女はやや怪訝な顔をした。でも、100円玉を摘まんで彼女は東を見上げる。
「ええ、好きですよ」
コインが投入されないので、画面は勝手にプレイ映像に切り替わる。これがパズルゲームであることも、東は初めて意識した。ポップな絵柄で描かれた、スカートの短い少女と眠そうな顔の少年のキャラクターが向かい合っている。女がコインを投入する。明るいSEが鳴って画面が切り替わった。画面に向き直った彼女は、慣れた手つきで使用キャラクターや難易度を選んでいく。数十キャラの中で、女が選んだのは目つきの悪いウサギのような生き物だった。見た目を裏切るようなバリトンボイスのウサギが、やる気なさげに跳ねる。ゲーム画面から目を離さず、女は言葉を続けた。東と会話する気はあるようだった。
「このゲームは今から20年と少し前に出たものです。それなりに人気が出たんですけど、でも開発元の会社が潰れちゃって。新作が出るでもなくそれっきりですね」
東と話しながら、女は一戦目のCPUをいとも簡単にくだした。
「じゃ、もうこいつがぶっ壊れたらそれっきりってことか?」
「そうですよ。だからどんどんなくなっていくばかりで。東京でももう、ここくらいしか現役で動いている台はないんじゃないですかね」
二戦目も、目つきの悪いウサギが勝ち誇った顔をしていた。
「どうやってここを知ったんだ?」
「ユッターで見かけたんです。でもそれも、三年くらい前のことで」
テンションの高い台詞やサウンドとは裏腹に、女の声は静かだった。他に客のいない狭いゲーセンで、使われていない筐体のBGMが響いている。シャルルのゲームはほとんどが何世代か前のものだが、それでも女のプレイしているパズルゲームが一番古いゲームだろう。
「昔はあんなにあったのに、今やみんな覚えてないんですよ」
画面の中では目つきの悪いウサギが、女の操作に従って跳ね回っている。
(今やみんな覚えてない、ね……)
そのウサギと自分を重ね合わせるほど、東はセンチメンタルではなかった。プレイする真剣な横顔をいつまでも覗き見るのは気が引けて、東は目線を落とす。洗練された手つきでボタンを押す女の細い指は、カラフルなネイルに彩られていた。

シャルルの店長とはいえ、東がゲームセンターにいつもいる必要はない。暇なときは、八神や九十九の仕事を手伝っていた。今日は九十九課の方だ。猫だの人だのを探すときは、頭数がいるに越したことはない。しかしそれも一段落ついて、東は九十九課の事務所に戻ってきた。はあ、と息を吐いて東はソファに座り込む。ふと目をやった机の上に何かのキャラクターのストラップが転がっていた。そのキャラクターに、東は見覚えがあった。
「おい、これどうしたんだ?」
「あぁ、しまいそびれておりました。これは失礼」
モニタと睨めっこしていた九十九が、東のほうへ体ごと振り返る。
「いやはや、ネットオークションで目当てのフィギュアを競り落としたのですが。その出品者がおまけにと同封してくださっていたのです。しかし寡聞にして知らない作品のストラップでしてねぇ」
ちゃちなつくりのストラップを東は手に取った。目つきの悪いウサギが、東の方をじろりと睨んでくる。
「なあ、もしいらないんだったらよ――」


いつものように、件のゲームをプレイしに来た女に東は話しかけた。
「あの、知り合いが余らしてたもんで。よかったら……」
女がすぐに反応しなかったので、東は不安になった。水商売でもないカタギの女の扱いなんて分からないからだ。しかし、女がすぐに反応しなかったのはたいそう驚いたからであった。
「いいんですか?」
未開封品なんて久々に見た、と女は呟いた。
「ありがとうございます。大事にします」
女は鞄から鍵を取り出して、東に見せてきた。その鍵についているのは東がたった今、彼女に渡したものと同じストラップだった。ところどころ汚れたり塗装が剥がれたりしていて年季が入っている。
「なんだ、もう持ってたのかよ」
「ゲームが人気だったとき、買ったんですよ。ずっと携帯に付けてたんですけど。最近のスマホってストラップとか付けられないから付け変えたんです」
なるほど、と東は相槌を打つ。
「だから店員さんからもらったこれは、保存用にします」
「なら、よかったぜ」
まぁ、店長なんだけどな。と東は小さく付け加える。
「えっ、そうなんですか!?」
女の大きな声を東は初めて聞いた。ごめんなさい、と生真面目に謝る女を、東は面白く感じた。東が贈ったストラップは、将来的に彼女の家の合鍵に付けられて東が持つことになる。しかし、そのことはまだ誰も知らない。
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