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かすかに聞こえた遠吠えに、志積の耳がぴくりと動いた。老いてもなお、彼の聴力は衰えを知らない。もっとも、すぐに気が付いたのはその声の主と馴染みの関係だからだろう。遠吠えの調子は、死んだ仲間を悼むものであった。鼓膜を震わせる沈痛な響きに、志積は足を速めた。

集落から少し離れた場所に、果たして彼女は立っていた。ただでさえ寿命が短い獣人族である。もう自分の昔馴染みは彼女と正義くらいのものであった。並んだ土饅頭の間に座り込んだ彼女は、志積の足音を聞いてこちらを向いた。
「今更、帰ったのか」
「今更とは、どういうことだ」
他の種族であれば青年程度の見た目であるが、すっかり嘆き疲れて老婆のような雰囲気を漂わせている。その顔が志積を睨みつけた。
「お前が里を空けている間にあったことを教えてやろうか」
旧友の、怒りを押し殺しきれず震えた声で語られた内容は志積の理解の範疇を超えていた。彼女から目をそらすと、久しぶりに帰った志積にも分かるくらいに墓が増えていた。いくら技術が発達していなくとも、元来丈夫な獣人族である。短期間にここまで死ぬのは異常なことであった。痛いほど伝わってくる不吉な予感に毛を逆立てながらも、志積は友人の顔をまっすぐ見て「聞かせてくれるか」とだけ答えた。

聞かされた鬼族からの裏切りは、志積の予想をはるかに超えた残酷さであった。一通りのことを話し終えた友人は、ぶり返した怒りで呼吸が浅くなっている。真っ赤な目で、彼女は真新しい土饅頭を見下ろした。
「ここらは全部、お前が旅立ったあとに生まれた子どもの墓だ。こっちは正義や結、あとは信と盟の墓。でも、」
だん、と墓場で地団太を踏んだ友人の剣幕に押されて、その行為を志積は咎めることができなかった。
「こいつらの墓は皆からっぽだ。亡骸すら帰ってこなかった。衣服の切れっぱしでも残ってればいいほうさ。化け物になってしまえばほとんど元が誰だったか見分けはつかない」
年を重ねたことで、鋭さを増した眼光が志積をまっすぐ射貫いた。この集落では死んだ者はそのまま土葬する習慣だ。であるのに、この場において死臭がほとんどしないのはおかしなことであった。元々そんな冗談を言う相手ではない。
「まだヒトの姿もとれないような幼子たちが、あの優しい若者たちが、なぜ」
志積に掴みかかった彼女は、血を吐くような声で呟いた。
「わたしたちは実験動物なんかではない」
自分の胸ぐらを掴んだ手は、かつてよりも肉が削げていた。獣人族でそこまで生きることはむしろ喜ばしいこととされているが、彼女はむしろそれが許せなかったのかもしれない。志積は想像する。
「志積」
元から苛烈であった彼女の声が乾いているのは、もう涙も枯れ果てたのだろうと志積は予想した。しかし、この忌まわしい一連の事項を知って以来、彼女は涙の一滴も零していなかった。自分にその資格がないと思っているからだ。
「頭の良いお前がいれば、騙されなかったかもしれないのに」
それが八つ当たりであることは志積にも彼女にも分かっていることだった。しかし、正義すらいなくなったこの里で、彼女が八つ当たりできる相手はもう志積しかいないのだ。だから志積はこの友人の好きにさせていた。たとえ彼女自身が、自分の言葉で傷つくことになろうとも。
それでも、生真面目な性格の志積は、律儀に思考を巡らせた。果たして自分がいれば何か出来ただろうか。しばらく考えても、志積の頭では考えつかなかった。
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