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「劉爽! 崔亮! 応然!」
自分たちの姿を認め、駆け寄ってきた劉帆の妻を劉爽はまともに見られなかった。しかし、彼女は服が汚れるのも厭わずに血や土埃で汚れた劉爽を抱きしめる。
「よく、よくぞ帰ってきてくれましたね」
義姉に頭を撫でられ、よく知った匂いに包まれた劉爽は思わず安堵しかけ、慌てて身を固くした。
「に、兄さんを、僕は」
彼女に謝らねばならないと劉爽は思った。自分があの人間を信用しなければ、彼女はまだ兄に会えたかもしれないのだ。それに珀瑛だってここにいたかもしれない。しかし、どう言葉にしたものか彼には分からなかった。乾いた喉に言葉が突っかかった劉爽は焦る。
「いいのよ。あなたが戻ってきてくれたのだもの」
義姉の言葉が優しく劉爽を遮った。
「……はい」
結局劉爽の口からこぼれたのは、か細い返事だけだった。形にできなかった言葉たちは、劉爽の胃の腑に落ちる。もう二度と吐き出せないだろう、と彼は直感した。
「あぁもう、こんなに汚れて……」
彼女は、汚れた劉爽の顔を拭いてやる。そこで帰ってきた義弟と初めてまともに目を合わせた。その目から幼さが失われていることに、彼女は気が付く。少しずつ大人びていったそれではない。災害で一夜にして均されてしまった森のような不自然さであった。鋭さを増した義弟を前に、うつむいた彼女の目に入ったのは空の竹籠だった。そこは劉爽が我が身のように大切にしていたぬいぐるみの定位置のはずだった。あの可愛らしいぬいぐるみが戦いのどさくさで失われてしまったのか、詳しいことは彼女には分からない。兄を喪ったばかりの義弟に訊けるはずもなかった。彼女は、声色が昨日までと変わらないように注意しながら劉爽の背中を撫でた。
「今日はもう休みなさい」
その優しい声で、彼はやっと日常に帰ってきた実感を得た。しかしその日常に、もう兄はいないのだ。今立っている地面がぐにゃりと歪んだのかと劉爽は錯覚したが、夫を亡くした義姉の前で声や態度に出す訳にはいかなかった。どうにか堪えた彼は、はい、と返事をして自室へと戻っていった。義弟の背中を見届けた彼女は、崔亮に声をかける。
「わたくしももう、下がります。手傷を負った貴方がたは申し訳ありませんが、明日から忙しくなるでしょう。頼みましたよ」
「もちろんです」
崔亮は、痛々しいまでに美しく伸ばされた彼女の背中を見送った。

自室に帰った彼女は、気の知れた侍女までも出ていくように指示をした。侍女たちが重い音を立てて、完全に扉が閉まるまで彼女は姿勢を崩さなかった。本当に一人きりになった彼女は、よろよろと歩き出す。昨日、この部屋には劉帆が眠っていた。彼がもう二度とここを訪ねることはない。
人口の少ない竜人族である。族長の妻にできるような同世代の相手は限られている。幼い頃からお前たちは伴侶となるのだと言い聞かされて育った。定められたものとはいえ、彼女は確かに劉帆を愛していた。幼い頃から何十年と隣にいたのだ。竜の姿であっても、人の姿であっても深く馴染んだものだった。半身ともいえる存在を喪った彼女は、寝台に崩れ落ちた。あの初夏の木漏れ日のようにきらめく劉帆の鱗に、もう二度と触れることはできないのだ。
「おお……」
彼女が突っ伏した寝台にはまだ劉帆の残り香があった。それもこの涙で薄れてしまうだろう。分かっていながらも彼女は溢れ出る涙を止められなかった。その昔、他種族の間で竜人族が泣くと嵐になると噂されていたことがある。それが本当ならば全てを押し流してしまえばいいと思った。
劉爽が生まれるずっと前、幼い頃に二人で夕立の中を飛び回ったことを思い出す。あの時はむしろ、身を叩く雨が心地よくてげらげらと笑い合った。置いていった崔亮やその父親に後でひどく怒られたが、それすらも懐かしい。狂竜病が流行するずっと前だ。何の欠けもない日々だった。
明日も、と彼女は崩れた化粧を拭いながら考える。劉帆がいない日々は続くのだ。義弟である劉爽を自分が支えていかねばならない。涙を流すのは今夜この場限りにするつもりであった。
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