ゲーム作品
水族館をはじめとした博物施設では、手を繋がないのがお決まりになっていた。足並みも無理して揃えないことが多い。
興味の対象や回るペースの違いのためである。それでも、こちらは視界の端にクリスを捉えているが向こうもそうであるかは怪しいものだ。
同じ施設に何度通っても苦にならない我々は、地方ながらも何度も足を運んだ水族館にまた来ている。ここは、入口から大水槽までのルートが白眉なのだ。浅瀬から深海へと潜るように、スロープ状の通路にところどころ水槽が配置されている。私はこの導線を没入感を高めるという意味で美しいと思い、クリスは生き物たちの生態の違いを体感できるという意味で美しいと思っている。感想を交換できる相手がいることは、私にとっては有難かった。大水槽にいるイワシの群れは、あたかもひとつの巨大な生き物のようにその形を変えていた。その群れから時々はみ出して、水面に向かって泳ぐ数匹のイワシを私は目線だけでおいかけた。
「見てください! 立派なイセゴイです」
クリスが指さした先には、五十センチほどの魚がのんびりと泳いでいた。他の魚に比べ、多少目は大きいが私ひとりではまったく区別できないだろう。前の恋人ともこの水族館に来たことはあるが、そのときもこの魚は展示されていたのだろうか。私一人では知る術もなかった。
昔ながらのトンネル水槽は自然光を取り込んだ構造になっている。大水槽と繋がっているので、遠くに、さっき見たイワシの群れがきらめいているのが見える。首が痛くなるほど上を見上げて、頭上を通過するエイを眺めたり地面で静かに横たわっている魚たちに駆け寄ったりしている。楽しくて仕方がないと、全身で語っているようだった。海水を透かして落ちる陽光が、クリスの顔や明るい色の髪に水面のゆらめきを落とす。海に潜っている彼もこのように光るのかもしれない。私は海中までは着いていったことがないので、こうして陸で想像するしかないのだった。先ほどとは違う個体だろう、布団のように巨大なエイが私たちの頭上を通っていった。
平日だからか、水族館にはほとんど客はいなかった。どこかの大学のゼミであろう学生たちが、イルカのプールの前でなんらかの機械をいじっている。彼らは、クリスに気がつくとお互いをつつき合いながら誰がはじめに話しかけるか相談しているようだった。ややあって、その中の一人が意を決した表情で彼に話しかける。
「古論クリス……さん!」
「はい!」
どう呼んだものか、一瞬迷ったのだろう。しかし、クリスは学生の呼びかけに快活に返事をした。妙な間を気にした様子は一切ない。彼が学生たちに先生と呼ばれることはこれからどんどん少なくなるのだろう。それでも、先生と呼ばれていた頃よりもずっと彼らはクリスに親しげに見えたし、クリスもいきいきしてみえた。私はクリスが学生たちと話しているのを聞きながら、プールの中をぐるぐると泳ぐイルカを眺めていた。ショースタジアムの方にいるのとは、別の種類のようであった。柵のすぐ下がプールになっているので、海水のにおいを直に感じる。柵には「イルカが水しぶきを飛ばしてくることがあります」という注意書きが括り付けられていた。それられたイラストは、泳いでいるイルカと同じく白と黒の模様であった。
ひとしきり学生と話したのだろう、クリスは私の隣に戻ってきた。
「皆さん、Legendersのファンだそうで」
クリスの顔は、海洋生物を相手にしているときと同じくらい紅潮していた。大学教員をしていたときよりも、学生と話しているんじゃないかと思ったが、口に出したら嫌味になりそうなので言わない。
「クリスがアイドルになって、本当によかったな」
これもまた分かり切ったことだったが、クリスは私の言葉に嬉しそうにうなずいた。分かり切ったことの確認も、時には必要なことであった。
興味の対象や回るペースの違いのためである。それでも、こちらは視界の端にクリスを捉えているが向こうもそうであるかは怪しいものだ。
同じ施設に何度通っても苦にならない我々は、地方ながらも何度も足を運んだ水族館にまた来ている。ここは、入口から大水槽までのルートが白眉なのだ。浅瀬から深海へと潜るように、スロープ状の通路にところどころ水槽が配置されている。私はこの導線を没入感を高めるという意味で美しいと思い、クリスは生き物たちの生態の違いを体感できるという意味で美しいと思っている。感想を交換できる相手がいることは、私にとっては有難かった。大水槽にいるイワシの群れは、あたかもひとつの巨大な生き物のようにその形を変えていた。その群れから時々はみ出して、水面に向かって泳ぐ数匹のイワシを私は目線だけでおいかけた。
「見てください! 立派なイセゴイです」
クリスが指さした先には、五十センチほどの魚がのんびりと泳いでいた。他の魚に比べ、多少目は大きいが私ひとりではまったく区別できないだろう。前の恋人ともこの水族館に来たことはあるが、そのときもこの魚は展示されていたのだろうか。私一人では知る術もなかった。
昔ながらのトンネル水槽は自然光を取り込んだ構造になっている。大水槽と繋がっているので、遠くに、さっき見たイワシの群れがきらめいているのが見える。首が痛くなるほど上を見上げて、頭上を通過するエイを眺めたり地面で静かに横たわっている魚たちに駆け寄ったりしている。楽しくて仕方がないと、全身で語っているようだった。海水を透かして落ちる陽光が、クリスの顔や明るい色の髪に水面のゆらめきを落とす。海に潜っている彼もこのように光るのかもしれない。私は海中までは着いていったことがないので、こうして陸で想像するしかないのだった。先ほどとは違う個体だろう、布団のように巨大なエイが私たちの頭上を通っていった。
平日だからか、水族館にはほとんど客はいなかった。どこかの大学のゼミであろう学生たちが、イルカのプールの前でなんらかの機械をいじっている。彼らは、クリスに気がつくとお互いをつつき合いながら誰がはじめに話しかけるか相談しているようだった。ややあって、その中の一人が意を決した表情で彼に話しかける。
「古論クリス……さん!」
「はい!」
どう呼んだものか、一瞬迷ったのだろう。しかし、クリスは学生の呼びかけに快活に返事をした。妙な間を気にした様子は一切ない。彼が学生たちに先生と呼ばれることはこれからどんどん少なくなるのだろう。それでも、先生と呼ばれていた頃よりもずっと彼らはクリスに親しげに見えたし、クリスもいきいきしてみえた。私はクリスが学生たちと話しているのを聞きながら、プールの中をぐるぐると泳ぐイルカを眺めていた。ショースタジアムの方にいるのとは、別の種類のようであった。柵のすぐ下がプールになっているので、海水のにおいを直に感じる。柵には「イルカが水しぶきを飛ばしてくることがあります」という注意書きが括り付けられていた。それられたイラストは、泳いでいるイルカと同じく白と黒の模様であった。
ひとしきり学生と話したのだろう、クリスは私の隣に戻ってきた。
「皆さん、Legendersのファンだそうで」
クリスの顔は、海洋生物を相手にしているときと同じくらい紅潮していた。大学教員をしていたときよりも、学生と話しているんじゃないかと思ったが、口に出したら嫌味になりそうなので言わない。
「クリスがアイドルになって、本当によかったな」
これもまた分かり切ったことだったが、クリスは私の言葉に嬉しそうにうなずいた。分かり切ったことの確認も、時には必要なことであった。
