吸死

依頼通り下等吸血鬼(ほどほどの大きさに育った吸血スライムだった)の退治を終えたサテツは、ギルドへの帰路についた。大きめの依頼であれば複数人で派遣されることもあるが、今回は一人で十分と判断されたため、他の退治人は同行していない。そんな駅前の広場を横切るサテツを呼び止める声がしたので、彼は足を止めた。
「退治人さん」
大きく手を振る少女の顔にサテツは見覚えがなかった。しかし退治人は何だかんだメディアに露出することも多く、初対面の人間に声をかけられるのはそう珍しいことではない。ロナルドは少々特殊な例だが。
「なんでしょう」
花壇に腰かけている彼女に応対するため、サテツは少し腰をかがめる。それでも身長差はかなりのものだ。少女はもじもじと恥ずかしそうに手を組んだり外したりしていたが、決心したように立ち上がってサテツの手をとった。彼女の目が、月の光の下できらきらと輝いているのがサテツにも分かった。
「私を退治してください!」
「……は?」
言っちゃった! と彼女はサテツの手を離してその場でくるくると回った。それだけ見れば可愛らしいが、サテツの頭は戸惑いでいっぱいになる。
「君、吸血鬼なの?」
かろうじてそれだけ訊けば、やだなあ分からなかったんですか? と返ってきた。彼女の目が輝いているのは吸血鬼だったからだとサテツは気が付く。彼女は回転するのをやめて、立ち尽くしたままのサテツに向き直った。彼女の説明をまとめると以下のとおりである。
若い吸血鬼である自分は、退治された経験がない。だがこの前動画サイトにアップされたエルダーと退治人の動画に興味を持った。たしかに吸血鬼なら一度くらい退治されてみたい。どうせ退治されるなら、やっぱり理想を突き詰めたい。その理想があなたである。その力強い左腕に完膚なきまでに殴り潰されたい。云々。
サテツは正直かなりドン引いていた。持ち前のお人好しが邪魔をして話を最後まで聞いてしまったことを猛烈に後悔していた。
「銃みたいな飛び道具よりも、人間の純粋なパワーに惹かれるんですよね。粉々の灰になるまで叩き潰してほしいなって、思うんです」
もし彼女がドラルクくらい虚弱であれば、サテツの一撃で灰になって終わりだが実際そんな吸血鬼はほとんど存在しない。それにロナルドであればドラルクをツッコミでよく殺しているが、サテツはそれもほとんどしたことがなかった。
「き、君は何か悪いことをしたのかな」
「いや、退治されてみたいだけです」
きっぱりと答える彼女に、サテツはどもりながら、悪いことをしていない吸血鬼をむやみに退治することはできないと伝えた。しかし彼女が引く気配はない。
「もしかして、何もしてない吸血鬼を退治人が退治したらまずいとかあるんですか!? 動画のあれはお芝居でしたもんね!」
彼女はぐ、と眉間にしわを寄せて難しい顔をする。ややあって、そうだ! と手を打った。
「お付き合いしましょう、退治人さん!」
「どうして!?」
「お付き合いしている分にはプレイの一環ですよ」
そうはならない、とサテツは思ったが、彼女にぱっと手を取られた為にそのツッコミは不発に終わった。少女の手は小さく柔らかいものだったが、吸血鬼らしく体温はなかった。
「い、いやあの」
「初めて出会った女にいきなりそんなこと言われても、というお気持ちはわかります。私はずっと退治人の皆さんのご活躍を見てたので初対面って感じはしないんですけど……正直、退治人さんのこと、棺桶の場所を教えてもいいくらいめちゃめちゃ好みですし……この近くのマンションなんですけど……」
棺桶のくだりはサテツには理解できなかった。それ以外の内容もどうしていいのか彼には分からないものだったが。吸血鬼である彼女は、実際はそこまでやわではないのだろう。しかし少なくとも目の前で悪事を働いているわけでもなく、奇抜な見た目をしているわけでもない彼女の手を、力に任せて振りほどくことはサテツにはできなかった。逡巡するサテツの後ろを、新聞配達のバイクが走り抜けていく。そのモーター音で、サテツはもう夜明けが近いことを知ったが、彼女もまたそれを悟って寂しそうな顔をした。彼女はとりわけ日光に弱いタイプの吸血鬼だった。ひどく眠くなることに加え、肌がひどく焼けるのだ。時間ですね、と彼女はサテツの手をもう一度強く握る。
「またお会いしましょうね」
ぱっ、と彼女は走り去っていった。あまりにもあっさりといなくなったものだから、サテツはしばらくその場に立ち尽くしていた。後日ギルドに遊びに来ていたドラルクから、棺桶の場所を訊くことがプロポーズの言葉になるということを告げられたサテツが狼狽するのはまた別の話である。
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