ゲーム作品
ドアに取り付けてあるベルが来客を告げた。カウンターの中でスマホをいじっていた自分は顔をあげる。そこには教室でも、最近はテレビや雑誌でも見かける顔があった。こんにちは、と彼は礼儀正しく挨拶をする。教室ではかけていない黒縁眼鏡は、いわゆる芸能人のお忍び用という印象だ。
店のエプロンをつけた自分は、クラスメイトにいらっしゃいませと言うのが未だに少し気恥ずかしい。
「叔母さんは買い物行ってる」
駅から少し離れた住宅街の中にあるこの喫茶店は、平日昼下がりの客足はまちまちだ。そもそも、メニューも出ていないのにツタで覆われた外観の、くすんだワインレッドの扉を開けるにはきっと勇気がいるのだろう。ツタを全部刈り取ってしまえばいいのに、と店主たる叔母に言ったことがあるが「これがいい」らしい。むしろ店の周りに伸び放題に伸びた多肉植物の鉢を並べだすくらいだ。それでもそれなりに通ってくる人はいるし、一応身内の高校生を、こうしてアルバイトと称して雇うくらいの余裕はあるらしい。
しかしこの店に、自分以外の高校生がいるところは見たことがない。でも卯月くんは、どこにいてもいかにも自然に馴染んでいるように思う。今だってよく磨かれたカウンターに腰かけてメニューを楽しそうに眺めている。もう何回も来ているからっていうのもあるけど、特別仲のいいわけじゃないクラスメイトと二人きりになっても気遅れとか気まずさは感じていないようだった。
じゃあ、と言って卯月くんはダージリンと、今日はフルーツタルトを選ぶ。ちなみにこの店は、卯月くんの働いているカフェパレードと、学校の最寄り駅を挟んでちょうど反対側にある。その割によく来るのは、ケーキにこだわりがある彼の中で、それなりに気に入ったお店のひとつになっているのだろう。叔母の作るケーキは実際おいしいので、卯月くんがこうして通ってくれているのは嬉しいことだ。
紅茶用のお湯を沸かす間に、フルーツタルト用の皿を選ぶ。紅茶については、丁寧にやってはいるが叔母やカフェパレ―ドの店長さんほど上手く淹れられている自信がない。クラスの他の男子ならともかく、卯月くんがそれを正直に言うことは絶対にありえないのは分かっているのだが。卯月くんは、騒がしい方の男子な訳ではないが、かといって根暗でもない。そつのない、とはこういうことを言うんだろうなと思う。叔母もすっかり彼のファンだ。叔母が帰ってくるのが間に合えばいいけど、と思う。悔しがられるのが面倒くさいからだ。
「おまたせしました」
紙ナプキンの上にフォークを並べ、紅茶の入った薄い陶器のティーカップを置く。そして卯月くんが注文したフルーツタルトと、卯月くんは頼んでいないロールケーキを並べた。このケーキは本当は試作品で、私のおやつになるはずだったものだ。しかし、何もサービスせずに帰したとあれば、後から叔母にとやかく言われそうだし、よく来てくれるお客さん兼クラスメイトへ何かしてあげたいと自分だって思ったのだ。
「いいの? ありがとう」
ぱっ、と巻緒くんの目が輝いた。
「試作品だけどね」
「そんな、むしろ貴重だよ!」
いただきます、と卯月くんは手を合わせてそっとロールケーキにフォークを入れた。大切に切り分けて、口へ運ぶ。おいしい! とスポンジもクリームも、その相性も言葉を尽くして褒めてくれる。それをちゃんと叔母に伝えようと彼の言葉を覚えようとする。
「そうだ、よかったら一口どうぞ」
卯月くんは、また丁寧に一口切り分けて、こっちに差し出してくる。本当は君のおやつだったんでしょ、と言われるとそれはそうなのだが。彼の持ってるフォークから食べるのは何となく気恥ずかしさがあった。しかし断るのも、フォークを受け取るにもすぐに反応することが大事だった。一拍空いてから断るのは気まずい気がしてしまう。いやいや深く考えることはない。きっと同じユニットの人や友達ともしているのだろう。おいしいものは分け合うほうがもっとおいしくなると考えているだろうから。グラス磨きの手を止めて、大人しく口を開けた。卯月くんが嬉しそうな顔をするから、なんとなく照れて目はそらした。
「あーん」
決して低くはない、どちらかといえば爽やかで柔らかい声だ。しかし最近はそれだけではなく感じられる。声質というより、話し方や言動の問題なのかもしれない。卵色の生地で巻かれたロールケーキは、クリームに洋酒が使われているようだった。見た目だけじゃなく、味わってみないと分からないことがある。それは目の前の彼にもいえるようにも思えた。
店のエプロンをつけた自分は、クラスメイトにいらっしゃいませと言うのが未だに少し気恥ずかしい。
「叔母さんは買い物行ってる」
駅から少し離れた住宅街の中にあるこの喫茶店は、平日昼下がりの客足はまちまちだ。そもそも、メニューも出ていないのにツタで覆われた外観の、くすんだワインレッドの扉を開けるにはきっと勇気がいるのだろう。ツタを全部刈り取ってしまえばいいのに、と店主たる叔母に言ったことがあるが「これがいい」らしい。むしろ店の周りに伸び放題に伸びた多肉植物の鉢を並べだすくらいだ。それでもそれなりに通ってくる人はいるし、一応身内の高校生を、こうしてアルバイトと称して雇うくらいの余裕はあるらしい。
しかしこの店に、自分以外の高校生がいるところは見たことがない。でも卯月くんは、どこにいてもいかにも自然に馴染んでいるように思う。今だってよく磨かれたカウンターに腰かけてメニューを楽しそうに眺めている。もう何回も来ているからっていうのもあるけど、特別仲のいいわけじゃないクラスメイトと二人きりになっても気遅れとか気まずさは感じていないようだった。
じゃあ、と言って卯月くんはダージリンと、今日はフルーツタルトを選ぶ。ちなみにこの店は、卯月くんの働いているカフェパレードと、学校の最寄り駅を挟んでちょうど反対側にある。その割によく来るのは、ケーキにこだわりがある彼の中で、それなりに気に入ったお店のひとつになっているのだろう。叔母の作るケーキは実際おいしいので、卯月くんがこうして通ってくれているのは嬉しいことだ。
紅茶用のお湯を沸かす間に、フルーツタルト用の皿を選ぶ。紅茶については、丁寧にやってはいるが叔母やカフェパレ―ドの店長さんほど上手く淹れられている自信がない。クラスの他の男子ならともかく、卯月くんがそれを正直に言うことは絶対にありえないのは分かっているのだが。卯月くんは、騒がしい方の男子な訳ではないが、かといって根暗でもない。そつのない、とはこういうことを言うんだろうなと思う。叔母もすっかり彼のファンだ。叔母が帰ってくるのが間に合えばいいけど、と思う。悔しがられるのが面倒くさいからだ。
「おまたせしました」
紙ナプキンの上にフォークを並べ、紅茶の入った薄い陶器のティーカップを置く。そして卯月くんが注文したフルーツタルトと、卯月くんは頼んでいないロールケーキを並べた。このケーキは本当は試作品で、私のおやつになるはずだったものだ。しかし、何もサービスせずに帰したとあれば、後から叔母にとやかく言われそうだし、よく来てくれるお客さん兼クラスメイトへ何かしてあげたいと自分だって思ったのだ。
「いいの? ありがとう」
ぱっ、と巻緒くんの目が輝いた。
「試作品だけどね」
「そんな、むしろ貴重だよ!」
いただきます、と卯月くんは手を合わせてそっとロールケーキにフォークを入れた。大切に切り分けて、口へ運ぶ。おいしい! とスポンジもクリームも、その相性も言葉を尽くして褒めてくれる。それをちゃんと叔母に伝えようと彼の言葉を覚えようとする。
「そうだ、よかったら一口どうぞ」
卯月くんは、また丁寧に一口切り分けて、こっちに差し出してくる。本当は君のおやつだったんでしょ、と言われるとそれはそうなのだが。彼の持ってるフォークから食べるのは何となく気恥ずかしさがあった。しかし断るのも、フォークを受け取るにもすぐに反応することが大事だった。一拍空いてから断るのは気まずい気がしてしまう。いやいや深く考えることはない。きっと同じユニットの人や友達ともしているのだろう。おいしいものは分け合うほうがもっとおいしくなると考えているだろうから。グラス磨きの手を止めて、大人しく口を開けた。卯月くんが嬉しそうな顔をするから、なんとなく照れて目はそらした。
「あーん」
決して低くはない、どちらかといえば爽やかで柔らかい声だ。しかし最近はそれだけではなく感じられる。声質というより、話し方や言動の問題なのかもしれない。卵色の生地で巻かれたロールケーキは、クリームに洋酒が使われているようだった。見た目だけじゃなく、味わってみないと分からないことがある。それは目の前の彼にもいえるようにも思えた。
