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「ペパーくん?」
珍しくアカデミーに帰ってきたペパーは、教師以外に名前を呼ばれたことに驚いた。とくに最近はマフィティフのことにかかりきりだったし、助けてもらっている後輩も課外授業の真っ最中だからめったに学園にはいない。立ち上がり、呼び声がした方に向き直る。エントランスホールの下の方の書棚を見ていたのだ。話しかけてきた相手は、自分より一回りほど年上のようだった。適当なふうに羽織っている白衣の下は、制服ではなかった。首をかしげたペパーとは裏腹に、相手は懐かしいなあと笑う。
「博士のラボにいたときはこーんなにちっちゃくて寂しがりちゃんだったのにね」
こーんなに、のところで本棚の一番下の段くらいの高さを手で示した相手の言い回しで、ペパーの記憶から引っ張り出された人物が居た。あっ、と彼は叫んでから、慌ててあたりを見回す。幸い近くで自習している学生はいないようだった。ひさしぶりだねと笑う顔は、会っていない年月分歳を重ねているのだろうが、あのときよりも背の伸びた自分や進化したマフィティフに比べれば変わってないように見えた。ラボの研究員の中で一番ペパーをかまってくれていた人間だ。十以上年が離れていても、あの中ではペパーの次に若かった。
「どうした……んだよ」
もっと子どもだった頃を知っている人間(しかも久々に会った相手)にどういう口をきいていいか分からず、ペパーはつっけんどんになってしまう。たしか他の地方の研究室へ「修行」と称して旅立ったはずであった。最後の日、黙って行ってもいいはずだったのに律儀に別れを告げに来た相手に駄々を捏ねたことを思い出したペパーは赤面する。
「しばらくガラルにいたんだけど、また戻ってきてね。クラベル先生に挨拶しようと思って」
百面相する自分に構わず話が続けられるので、逆に落ち着いたペパーはそういえばこういう人間だった、と思う。今頼っている後輩もそうだが眼の前の相手も大概マイペースちゃんだ。自分たちにとってクラベルは校長だが、今の言葉の「先生」のニュアンスは研究者へのそれだった。自分の親に付けられていた敬称と同じだ。思わず唇の端を歪めたペパーに構わず、しばらくパルデアにいるからさぁ、と相手は白衣のポケットからスマホロトムを取り出した。持ち主に似てのんきそうな顔つきのロトムがさっと飛び出る。ケースの色はオリーブ色だった。
「連絡先交換しよ。ご飯くらいなら奢るよ」
ペパーが承諾するより先に、スマホロトムのほうが元気に飛び出して連絡先を渡しにかかった。スマホケースかわいいね、という言葉に誇らしげにしたのはペパーではなくロトムだ。
「じゃあ、また」
相手はすっと腕を伸ばしたが、少し逡巡して結局ペパーの肩を叩いた。そういえば別れ際はいつも頭を撫でてくれたっけ、とペパーは遠ざかる背中を見ながら思い出す。会わない間に身長は向こうより高くなってしまった。もし屈んだら前と同じく頭を撫でてくれただろうか、と思いかけてやめた。恥ずかしかったからだ。

「ペパーくん、この前オラチフと遊んでたときの写真を先生が机に飾ってたよ。よく撮れてるだろうって」
昔、ひそひそと話してくれたそれは、第三者から見た親に愛された自分の話だった。数少ないそんな類の話を蔑ろにしようと何度思ったかしれないが、もうここまで大きくなってしまった自分には二度と手に入らないかもしれないと思うと踏みにじるには惜しかった。
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