ゲーム作品

生まれて初めて触ったポケモンはトゲピーだった。
イチョウ商会の、たまに来る若い男性の相棒だ。
卵の殻を厚くしたようなざらざらした肌触りの中に、かすかに感じた温かさはトゲピー自身のものだろうか、それともこの北国のわずかな日差しのあたたかさだろうか。
ポケモンは怖い生き物であり、けして近づいてはいけない。そう大人たちには言い聞かされてきた。少し前にやっと、他所から博士が来てポケモンのことを調べ回り始めた。そしてその助手と思しき少年が黄色いポケモンを連れていた。しかし彼は連れているポケモンに対しておっかなびっくり接していた。猛獣使いの才能はないようだった。

だから写真屋の店先に貼ってある写真を見たときは驚いたのだ。小さなポケモンと、そのポケモンが十匹縦に積みあがってもまだ届かないくらい長身の男性。イチョウ商会の制服を着ているようだった。ポケモンってそんな大人しく写真に写るものなのか。コンゴウ団やシンジュ団の言うキングやクイーンといったポケモンは、あまりにも大切にされているから相棒という風には思えなかった。コンゴウ団の人ともシンジュ団の人とも話したことはないから、話を伝え聞くうちに大袈裟になっているのかもしれない。
とにもかくにも、彼にトゲピーを触らせてもらうまでは往来でエレキをぶつけられて昏倒しているギンガ団の調査隊の少年や巨木を一発で切断するキングのポケモンの話を伝え聞くしかなかった。

触らせてもらったのは成り行きだった。足腰の不自由な老人の代わりのお使いのために、店へ行く道中に、たまたま写真の男性――ウォロさんを見かけたのだ。この場所では、見知らぬ人間がいるとすぐに分かる。いつもいるイチョウ商会の人ではないな、と思い帽子の下の顔をさりげなく覗き込んだのだ。
「写真屋の……」
不躾な私の言葉に、彼は商人らしい人懐こさであぁ!と微笑んだ。
「よく撮れているでしょう」
相手は商人で、知らない相手にも仕事で愛想よくしていることはわかっていたのに、何故か私は世間話を続けてしまった。
「相棒の、ポケモンがいるんですね」
「えぇ!」
彼はおもむろにポケットから半分を赤く塗り分けたボールを取り出した。その球体が半分に開き、中から写真で見た通りのポケモンが現れる。
「トゲピーです。よければ撫でてやってください」
彼の足元で、そのコロコロした生き物は高い声で鳴いた。その丸いフォルムと短い手足は、いかにも無害そうに見えた。エレキを出すようには見えない。刺激しないように小声で名を呟いたが、聞き取れたらしくさっきとは違う声で鳴いた。それでもなんとなく信じ切る気にはなれず、青と赤の模様が散った殻のところを撫でるにとどめたが。

彼と話したのはその一度きりだ。買わない自分が、積極的に話しかけに行くのもどうかと思ったし忙しくなったのか、巡業コースが変わったのかいつの間にか見かけなくなったからだ。
彼を見かけなくなった前後で、時空の裂け目から落ちてきたとかいう、私よりももう少し年上の少女が博士の手伝いを始めた。そのついでにムラの色々な人の使いっ走りもしているようだった。使いっ走りの内容は、だいたいポケモンに関わるもののようだった。ムラに入り込んでしまったビッパを探しにムラを駆け回っているところや、色んな人にポケモン図鑑を見せて回っているところを見かけた。そのうちにムラにはポケモンが増えてきた。なんだかんだ言って皆ポケモンに興味があったのだ。私以外の人間も、積極的には関わらないかもしれないがポケモンがどうやら怖いばかりの存在ではないことを理解し始めたようだった。

そんな調査隊の星である彼女と、つい先日話す機会があった。
特に仲がいい訳でない。採集隊の兄のもとへ届け物をするとき、たまに顔を合わせて挨拶するくらいだ。けれどそのくらいの距離感の人間を求めていたのかもしれない。他の人間への口止めを前置きに、彼女とギンガ団の本部の、誰もいない隅でぼそぼそと話した。そこで私はあのイチョウ商会の彼が世界を滅ぼそうとしていたことを知ったのだ。姿を見なくなったのはどうやら、ムラに来て商売をする必要がなくなったからであったのだ。冗談のような話だったが、ここでそんな冗談を私に言う方が彼女にとってリスクは高いだろう。少し前の赤く染まった空と、彼女への反射的に抱いてしまった忌避感を私はまだ覚えている。
独り言のようにぼそぼそと言いたいことだけ話した彼女は、またどこかへ調査へ行ってしまった。まだ図鑑は埋まっていないらしい。
植物のようなポケモンが、彼女の足元に心配そうな顔をして寄り添っていた。その手から生えている青の花と赤の花からは、彼女の懺悔に不釣り合いなほど穏やかな匂いがした。今日の天気と同じだ。
一人でギンガ団の本部の前で、私は大きく伸びをする。警備隊が鍛錬をする掛け声が聞こえてきた。最近はそこにポケモンも混じっている。

私も含めたこの世界は彼にとって、彼の大義にとって滅んでもよいものだったのか。

私は私の死んだあとのことさえ考えられないので、彼の理想のこともそれを叶える道のりのこともうまく想像できなかった。その代わり、採集隊に身を置く兄のことを考えた。兄と一緒に目当ての草やキノコを探してくれる鼻のいいポケモンがいればいいかもしれない。調査隊の彼女に相談してみようか。
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