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サバナクロ―の寮は開放的な造りになっている。さんさんと差し込む月光に、監督生の輪郭が縁どられている。明日は家の掃除をする予定です、という気軽さで監督生はラギーに告げた。
「私、明日元の世界に帰ります」
「…………そんな笑えない冗談言うためだけに、わざわざここまで来たんすか」
いつもの軽薄な口調が信じられないほど低い声でラギーは監督生に問いかけた。監督生はそんなラギーに動じない。
「こんな嘘言わないですよ。わざわざこんな深夜に他の寮まで来て」
監督生の言葉を聞いて、ラギーは自分の頭をがしがしと掻く。レオナを相手にするのとはまた別種のやりづらさを感じながら、彼は逡巡する。結局、半身で室内を指し示した。
「まぁとりあえず入れば? 立ち話もなんだし」
ラギーの部屋に入った監督生は、彼に勧められるままベッドに腰かけた。なんもお構いできなくてすいませんね、とラギーは思ってもいない定型句を口にして、椅子にだらりと座る。
「そういえば、今日はグリム君は一緒じゃないんスね」
「グリムなら泣き疲れて眠っています」
普段とは違う空っぽの腕に目を落として、監督生が答えた。本当はただ寝ているだけかもしれないが、それを判断する材料はラギーにはない。
「他の奴らには言ったんスか」
「言ってないですよ。グリムと、ラギー先輩にしか」
「エースくんとかデュースくんにも?」
「気をつかわせちゃいそうだったので」
「じゃあ、なんでオレのところに来たの」
オレとアンタ、そんなに仲良しなつもりないんだけど、とラギーは監督生の目を見た。監督生とはただの先輩後輩程度の付き合いしかない。ラギーは誰にでも世話を焼くようなお人好しではないからだ。監督生はラギーのことをまっすぐ見つめ返す。彼には監督生が何を考えているのか分からなかった。
「ラギー先輩のことが好きだからですよ」
(こんなときくらい媚びた声色を使えばいいのに)
ラギーがまず考えたのはそれだった。内容をきちんと飲み込むのに時間がかかったからだ。眠気が吹き飛んだ頭で、なぜかと聞くのも違うような気がしている。でも二人きりで話すのも、ほとんどこれが初めてなのだ。
「後悔のないようにしたいんです、私」
監督生の手が、組まれたラギーの両手に触れた。淡々とした態度とは裏腹に、幼子のように高い体温が彼に伝わる。故郷の子どもたちのことを、をラギーは連想した。
「制服、しわになるっスよ」
寝間着として使っているTシャツに身を包んでいるラギーと違って、監督生は昼間と同じ制服姿のままだった。
「いいんですよ、だってもう着ないんですから」
なるほどね、とラギーは適当な相槌を打った。そこに寂しさや虚しさを感じるのが、無性に悔しかった。
「得にならないことをするのは、主義に反するんスけどね」
電気を消すその律儀さに監督生はつい微笑ましくなってしまう。言い訳のような言葉にも可愛げを感じてしまうのは惚れているからだ、と監督生は自分の感情を分析している。ベッドに乗り上げてきたラギーの耳が揺れていることだけが監督生の目にかすかに見えた。
(本当に帰っちゃったんスね)
学園中至るところでびいびいと泣くグリムを見ながら、ラギーはあくびをした。グリムがすがりついている監督生の制服には自分のにおいもついているはずだが、気が動転しているため気付いていないのだろうと安堵する。明日帰ると言っていたが、起床時間にはもう監督生の姿はなかったらしい。制服だけがきちんと畳まれてそこに置いてあったそうだ。きっとこの世界に来たときの姿で帰ったのだろう。
(あの歯形、どうやって言い訳するんだろうな)
ラギーは、つい自分の左肩に触れそうになって思いとどまった。そこには監督生の左肩についているのと同じような歯形が焼き付いている。昨夜、彼女につけられたものだった。確実に服で隠れるところを噛んでいることにラギーは計算を感じた。セックスの間も、監督生はどこか冷静なままだった。
「先輩も付けていいですよ」
「付けてください、の間違いでしょ」
普通の人間よりもやや鋭い犬歯を、自分よりも華奢な肩に突き立てた感触はもう遠い昔の記憶のようだった。
はぁ、とラギーは大きく息を吐いた。この歯形が消えるころには、きっと監督生のことなど忘れているだろう、と考えながらラギーは今日もレオナの面倒を見るために、寮へ戻るのだった。
「私、明日元の世界に帰ります」
「…………そんな笑えない冗談言うためだけに、わざわざここまで来たんすか」
いつもの軽薄な口調が信じられないほど低い声でラギーは監督生に問いかけた。監督生はそんなラギーに動じない。
「こんな嘘言わないですよ。わざわざこんな深夜に他の寮まで来て」
監督生の言葉を聞いて、ラギーは自分の頭をがしがしと掻く。レオナを相手にするのとはまた別種のやりづらさを感じながら、彼は逡巡する。結局、半身で室内を指し示した。
「まぁとりあえず入れば? 立ち話もなんだし」
ラギーの部屋に入った監督生は、彼に勧められるままベッドに腰かけた。なんもお構いできなくてすいませんね、とラギーは思ってもいない定型句を口にして、椅子にだらりと座る。
「そういえば、今日はグリム君は一緒じゃないんスね」
「グリムなら泣き疲れて眠っています」
普段とは違う空っぽの腕に目を落として、監督生が答えた。本当はただ寝ているだけかもしれないが、それを判断する材料はラギーにはない。
「他の奴らには言ったんスか」
「言ってないですよ。グリムと、ラギー先輩にしか」
「エースくんとかデュースくんにも?」
「気をつかわせちゃいそうだったので」
「じゃあ、なんでオレのところに来たの」
オレとアンタ、そんなに仲良しなつもりないんだけど、とラギーは監督生の目を見た。監督生とはただの先輩後輩程度の付き合いしかない。ラギーは誰にでも世話を焼くようなお人好しではないからだ。監督生はラギーのことをまっすぐ見つめ返す。彼には監督生が何を考えているのか分からなかった。
「ラギー先輩のことが好きだからですよ」
(こんなときくらい媚びた声色を使えばいいのに)
ラギーがまず考えたのはそれだった。内容をきちんと飲み込むのに時間がかかったからだ。眠気が吹き飛んだ頭で、なぜかと聞くのも違うような気がしている。でも二人きりで話すのも、ほとんどこれが初めてなのだ。
「後悔のないようにしたいんです、私」
監督生の手が、組まれたラギーの両手に触れた。淡々とした態度とは裏腹に、幼子のように高い体温が彼に伝わる。故郷の子どもたちのことを、をラギーは連想した。
「制服、しわになるっスよ」
寝間着として使っているTシャツに身を包んでいるラギーと違って、監督生は昼間と同じ制服姿のままだった。
「いいんですよ、だってもう着ないんですから」
なるほどね、とラギーは適当な相槌を打った。そこに寂しさや虚しさを感じるのが、無性に悔しかった。
「得にならないことをするのは、主義に反するんスけどね」
電気を消すその律儀さに監督生はつい微笑ましくなってしまう。言い訳のような言葉にも可愛げを感じてしまうのは惚れているからだ、と監督生は自分の感情を分析している。ベッドに乗り上げてきたラギーの耳が揺れていることだけが監督生の目にかすかに見えた。
(本当に帰っちゃったんスね)
学園中至るところでびいびいと泣くグリムを見ながら、ラギーはあくびをした。グリムがすがりついている監督生の制服には自分のにおいもついているはずだが、気が動転しているため気付いていないのだろうと安堵する。明日帰ると言っていたが、起床時間にはもう監督生の姿はなかったらしい。制服だけがきちんと畳まれてそこに置いてあったそうだ。きっとこの世界に来たときの姿で帰ったのだろう。
(あの歯形、どうやって言い訳するんだろうな)
ラギーは、つい自分の左肩に触れそうになって思いとどまった。そこには監督生の左肩についているのと同じような歯形が焼き付いている。昨夜、彼女につけられたものだった。確実に服で隠れるところを噛んでいることにラギーは計算を感じた。セックスの間も、監督生はどこか冷静なままだった。
「先輩も付けていいですよ」
「付けてください、の間違いでしょ」
普通の人間よりもやや鋭い犬歯を、自分よりも華奢な肩に突き立てた感触はもう遠い昔の記憶のようだった。
はぁ、とラギーは大きく息を吐いた。この歯形が消えるころには、きっと監督生のことなど忘れているだろう、と考えながらラギーは今日もレオナの面倒を見るために、寮へ戻るのだった。
