ゲーム作品
「長谷部、先輩が死んだ」
相棒のヤマダの声が、休憩用に借りた会議室によく響いた。長谷部は少しだけ沈黙したが、結局「そうか」とだけ答える。支給されている端末を開いたら、確かに通知が来ていた。越前の審神者が呪詛に手を出して、担当職員が巻き添えを食って即死した。この審神者と一か月以内に接触のあった職員及び刀剣には通知を送るので、浄化部署に行くように。云々。本丸担当職員に護衛刀を付けろという世論がまた紛糾するのだろう、と長谷部は思う。と、同時に自分がその場にいたら、守れただろうかと考えかけてすぐにやめた。考える材料も足りなかったし、考えてもどうしようもないと思ったからだ。
長谷部と同じ通知を見ていたのであろうヤマダが端末を机に伏せてぼそりと呟いた。
「こんな日が来ないと思っていたわけじゃないけど、でも、知ってる人が死ぬのは初めてなんだ。こんな、ケガや病気なら何とかなる時代に」
ヤマダは就任三年目の若い職員だ。政府に所属し、特定の主を持たない長谷部が二人目にバディを組んだ相手でもある。一人目がヤマダの「先輩」だった。長谷部が顕現して初めてまともに会話をした人間が彼女だった。その日のことを長谷部は今でも覚えている。あの女は最初から馴れ馴れしかった。
「政府所属の長谷部は、相棒を主と定める個体も多いんだが、君は違うようだね」
よろしく、と彼女は長谷部の背中をばしばし叩いて無遠慮に言った。政府刀剣は、練度を上げる研修後に職員と組むことが許される。長谷部が配属されたのは、江戸城や大阪城といった戦場の事前調査をする部署だった。そこにいる職員は、精々ひと振り分の顕現と維持しか出来ない霊力しか持っていない。彼らは審神者ではなく、あくまで仕事上の相棒である、と長谷部は考えていた。だからその相手を主と認識する同位体がいることが、長谷部には意外だった。長谷部がそう告げると、彼女は私もそちらのほうが接しやすいから助かるな、と笑った。この時代の女はずいぶんとさばけていると長谷部は思ったが、それが相棒の個性であることを知るのはそれから程なくしてだった。
「長谷部、あげる」
ぽい、と放り投げられた缶コーヒーを長谷部は反射で受け取る。まだその時はヒトの生活を始めたばかりだったので、缶飲料などほとんど飲んだことがなかったのだ。好奇心から、長谷部はどうにかプルタブを開け、コーヒーを口に含む。反射的に吹き出しかけて、どうにか抑えた。
「なんだこれは。毒か」
「毒じゃないよ。そうかブラックだと飲めないか」
彼女は長谷部の飲みかけの缶と、開けていないベージュ色の缶を交換する。カフェオレと書かれたその飲み物は甘く、長谷部にも飲むことができた。自分が開けた黒い缶を彼女が飲み干したのを見た長谷部は、この女味覚が死んでいるんじゃないかという感想を抱く。それからも彼女は長谷部に色々な食べ物やら飲み物やらを勧めてきたが、長谷部は今もブラックコーヒーだけは克服できていない。
政府刀剣と職員のバディは最大五年ごとに交代される。彼女と長谷部は、組んで四年目に彼女が本丸付きの担当部署に異動になったのでそこで解散したが。端末が振動したので、長谷部は回想から醒めた。画面が自動的に点灯して、上司からのメールを受信したことを知らせている。それによると、身寄りがない彼女は、告別式だけを内々に済ませ、骨は政府の共同墓地に納められるらしかった。
休んだ気がしない休憩の後、長谷部は他の政府刀剣と江戸城に出撃していた。特別な変化が発生しないことを確認するために、彼女と組んでいたときから代わり映えしない敵を切り捨てる。同部隊の歌仙が「それで最後だね」と長谷部に近寄る。極めている彼に、肯定を返しながら長谷部は刀身の血糊を払った。この歌仙は、元々とある本丸に顕現され、そこで修業に行ったのだ。そして主の死んだ後、政府の所属になった。以前長谷部は彼に、主とはどんな存在だったかを聞いたことがある。彼は、歌仙兼定がよくするあのとろけるような笑みを浮かべて答えた。
「唯一と決めた人さ。彼のために僕は、やれることは全てしてやりたいと思った。もちろん間違った事をしたと思ったら正してやりたいとも。そのために修業にまで行ったんだ。こうして政府所属の身にはなったけれど、僕の主は彼ただ一人だよ」
長谷部はヤマダや彼女のために修業に行けるかを想像したことすらない。そして同列に考えている時点で、唯一にしたいと欠片も思っていないのだ。刀剣男士のへし切り長谷部全体の傾向として、主と定めた人間以外の関心が薄い傾向にある。しかしこの長谷部は主を持つ感覚がわからなかった。
戦場から帰る道すがら、最後に彼女と会話したのがいつだったか長谷部は思い出そうとする。たしか一か月だか二か月前のことだった。浄化部署へ行けという指令は来ていないから二ヶ月前か。偶然職員食堂で再会したのだ。お互い定食の乗ったお盆を持っていたから背中は叩かれなかったが、組んでいた当時とまったく変わらない口調で彼女は長谷部に話しかけてきた。向かいあって着席して、昼食をとっていると昔に戻ったようだった。味噌汁をすすって、彼女は長谷部に話しかける。
「ヤマダとはどうよ。そろそろ組んでから一年だよね」
「二年目にしてはよくやっている方じゃないのか。お前みたいにうるさくないしな」
長谷部の皮肉に、彼女は嬉しそうに目を細めた。彼女の表情の理由が長谷部にはよく分からない。
「懐かしいなこの感じ。今受け持ってる本丸の長谷部はもっと大人しいからね」
別れ際に彼女がそういえば、と手を打った。
「長谷部、顕現五周年のお祝いには私おすすめの喫茶店に絶対連れていくからな。それまでにコーヒー、ブラックで飲めるようになっておけよ」
「別に砂糖を入れようが勝手だろうが」
もう何回したか分からないやり取りをして別れたのだ。ただ、プライベートで交流はほとんどなかったから、彼女が自分を連れて行こうとした喫茶店がどこなのか、長谷部はついぞ知ることが叶わなかった。さして興味もなかったが、この事は長谷部により強く彼女の死を感じさせた。
刀剣の出陣報告書を提出するためにパソコンに向かっていたヤマダは顔を上げた。自分のデスクに何か置かれたことに気が付いたからだ。それがすぐそこの自販機で買えるブラックコーヒーの缶であることを視認する。
「長谷部。どうしたのこれ」
「やる」
「あ、ありがとう」
隣にある長谷部のデスクにも、同じものが置かれていた。やる、ということは長谷部が購入したものだろうとヤマダは考える。
「……長谷部、ブラック飲めないんじゃなかった?」
「飲めるようになった」
「えっいつ?」
その質問に長谷部は答えず、プルタブを開けてコーヒーを一気に飲んだ。ヤマダが見たことのないくらい苦々しい顔をしているので、無理をしていることは明らかだった。無理をするなよと言う前に飲み干してしまったので、ヤマダは長谷部のやせ我慢に言及しないことに決めた。このへし切り長谷部がブラックコーヒーを飲めないことを自分に教えたのは、死んだ彼女だったことをヤマダは思い出す。自分のデスクに置かれた缶を開けて、一口飲んだ。
「あのさ、近いうちに飲みに行こうよ。先輩から紹介された店、行きたいんだ」
それまで長谷部は、ヤマダの誘いに一度も応じたことはなかった。それは長谷部なりの気遣いだった。しかし、今日の長谷部は少しだけ逡巡したあと「行くか」と答えた。主でない人間を偲んでもいいじゃないかと彼は思っている。
相棒のヤマダの声が、休憩用に借りた会議室によく響いた。長谷部は少しだけ沈黙したが、結局「そうか」とだけ答える。支給されている端末を開いたら、確かに通知が来ていた。越前の審神者が呪詛に手を出して、担当職員が巻き添えを食って即死した。この審神者と一か月以内に接触のあった職員及び刀剣には通知を送るので、浄化部署に行くように。云々。本丸担当職員に護衛刀を付けろという世論がまた紛糾するのだろう、と長谷部は思う。と、同時に自分がその場にいたら、守れただろうかと考えかけてすぐにやめた。考える材料も足りなかったし、考えてもどうしようもないと思ったからだ。
長谷部と同じ通知を見ていたのであろうヤマダが端末を机に伏せてぼそりと呟いた。
「こんな日が来ないと思っていたわけじゃないけど、でも、知ってる人が死ぬのは初めてなんだ。こんな、ケガや病気なら何とかなる時代に」
ヤマダは就任三年目の若い職員だ。政府に所属し、特定の主を持たない長谷部が二人目にバディを組んだ相手でもある。一人目がヤマダの「先輩」だった。長谷部が顕現して初めてまともに会話をした人間が彼女だった。その日のことを長谷部は今でも覚えている。あの女は最初から馴れ馴れしかった。
「政府所属の長谷部は、相棒を主と定める個体も多いんだが、君は違うようだね」
よろしく、と彼女は長谷部の背中をばしばし叩いて無遠慮に言った。政府刀剣は、練度を上げる研修後に職員と組むことが許される。長谷部が配属されたのは、江戸城や大阪城といった戦場の事前調査をする部署だった。そこにいる職員は、精々ひと振り分の顕現と維持しか出来ない霊力しか持っていない。彼らは審神者ではなく、あくまで仕事上の相棒である、と長谷部は考えていた。だからその相手を主と認識する同位体がいることが、長谷部には意外だった。長谷部がそう告げると、彼女は私もそちらのほうが接しやすいから助かるな、と笑った。この時代の女はずいぶんとさばけていると長谷部は思ったが、それが相棒の個性であることを知るのはそれから程なくしてだった。
「長谷部、あげる」
ぽい、と放り投げられた缶コーヒーを長谷部は反射で受け取る。まだその時はヒトの生活を始めたばかりだったので、缶飲料などほとんど飲んだことがなかったのだ。好奇心から、長谷部はどうにかプルタブを開け、コーヒーを口に含む。反射的に吹き出しかけて、どうにか抑えた。
「なんだこれは。毒か」
「毒じゃないよ。そうかブラックだと飲めないか」
彼女は長谷部の飲みかけの缶と、開けていないベージュ色の缶を交換する。カフェオレと書かれたその飲み物は甘く、長谷部にも飲むことができた。自分が開けた黒い缶を彼女が飲み干したのを見た長谷部は、この女味覚が死んでいるんじゃないかという感想を抱く。それからも彼女は長谷部に色々な食べ物やら飲み物やらを勧めてきたが、長谷部は今もブラックコーヒーだけは克服できていない。
政府刀剣と職員のバディは最大五年ごとに交代される。彼女と長谷部は、組んで四年目に彼女が本丸付きの担当部署に異動になったのでそこで解散したが。端末が振動したので、長谷部は回想から醒めた。画面が自動的に点灯して、上司からのメールを受信したことを知らせている。それによると、身寄りがない彼女は、告別式だけを内々に済ませ、骨は政府の共同墓地に納められるらしかった。
休んだ気がしない休憩の後、長谷部は他の政府刀剣と江戸城に出撃していた。特別な変化が発生しないことを確認するために、彼女と組んでいたときから代わり映えしない敵を切り捨てる。同部隊の歌仙が「それで最後だね」と長谷部に近寄る。極めている彼に、肯定を返しながら長谷部は刀身の血糊を払った。この歌仙は、元々とある本丸に顕現され、そこで修業に行ったのだ。そして主の死んだ後、政府の所属になった。以前長谷部は彼に、主とはどんな存在だったかを聞いたことがある。彼は、歌仙兼定がよくするあのとろけるような笑みを浮かべて答えた。
「唯一と決めた人さ。彼のために僕は、やれることは全てしてやりたいと思った。もちろん間違った事をしたと思ったら正してやりたいとも。そのために修業にまで行ったんだ。こうして政府所属の身にはなったけれど、僕の主は彼ただ一人だよ」
長谷部はヤマダや彼女のために修業に行けるかを想像したことすらない。そして同列に考えている時点で、唯一にしたいと欠片も思っていないのだ。刀剣男士のへし切り長谷部全体の傾向として、主と定めた人間以外の関心が薄い傾向にある。しかしこの長谷部は主を持つ感覚がわからなかった。
戦場から帰る道すがら、最後に彼女と会話したのがいつだったか長谷部は思い出そうとする。たしか一か月だか二か月前のことだった。浄化部署へ行けという指令は来ていないから二ヶ月前か。偶然職員食堂で再会したのだ。お互い定食の乗ったお盆を持っていたから背中は叩かれなかったが、組んでいた当時とまったく変わらない口調で彼女は長谷部に話しかけてきた。向かいあって着席して、昼食をとっていると昔に戻ったようだった。味噌汁をすすって、彼女は長谷部に話しかける。
「ヤマダとはどうよ。そろそろ組んでから一年だよね」
「二年目にしてはよくやっている方じゃないのか。お前みたいにうるさくないしな」
長谷部の皮肉に、彼女は嬉しそうに目を細めた。彼女の表情の理由が長谷部にはよく分からない。
「懐かしいなこの感じ。今受け持ってる本丸の長谷部はもっと大人しいからね」
別れ際に彼女がそういえば、と手を打った。
「長谷部、顕現五周年のお祝いには私おすすめの喫茶店に絶対連れていくからな。それまでにコーヒー、ブラックで飲めるようになっておけよ」
「別に砂糖を入れようが勝手だろうが」
もう何回したか分からないやり取りをして別れたのだ。ただ、プライベートで交流はほとんどなかったから、彼女が自分を連れて行こうとした喫茶店がどこなのか、長谷部はついぞ知ることが叶わなかった。さして興味もなかったが、この事は長谷部により強く彼女の死を感じさせた。
刀剣の出陣報告書を提出するためにパソコンに向かっていたヤマダは顔を上げた。自分のデスクに何か置かれたことに気が付いたからだ。それがすぐそこの自販機で買えるブラックコーヒーの缶であることを視認する。
「長谷部。どうしたのこれ」
「やる」
「あ、ありがとう」
隣にある長谷部のデスクにも、同じものが置かれていた。やる、ということは長谷部が購入したものだろうとヤマダは考える。
「……長谷部、ブラック飲めないんじゃなかった?」
「飲めるようになった」
「えっいつ?」
その質問に長谷部は答えず、プルタブを開けてコーヒーを一気に飲んだ。ヤマダが見たことのないくらい苦々しい顔をしているので、無理をしていることは明らかだった。無理をするなよと言う前に飲み干してしまったので、ヤマダは長谷部のやせ我慢に言及しないことに決めた。このへし切り長谷部がブラックコーヒーを飲めないことを自分に教えたのは、死んだ彼女だったことをヤマダは思い出す。自分のデスクに置かれた缶を開けて、一口飲んだ。
「あのさ、近いうちに飲みに行こうよ。先輩から紹介された店、行きたいんだ」
それまで長谷部は、ヤマダの誘いに一度も応じたことはなかった。それは長谷部なりの気遣いだった。しかし、今日の長谷部は少しだけ逡巡したあと「行くか」と答えた。主でない人間を偲んでもいいじゃないかと彼は思っている。
