引いた線を消す
彼女に手を引かれてやってきたのは、彼女が行きつけだという小さなレストランだった。ずっとこの街に住んでるけど全然知らなかった。
「個人経営だから、夜閉まるのが早いんだよね」
へぇ、と俺は相槌をうつ。彼女と砕けた口調で会話するのにはやっと慣れてきたけど、まだ俺は手を繋ぐ気恥ずかしさには慣れない。はじめての時から、「手を繋ぎたいんだけど、いいですか」と彼女はいつもの調子で尋ねてくる。訊かれるとかえって緊張してしまう。ちゃんと洗ってきたはずだけど、機械油とかで汚れてないかとか、汗で湿ってないかとか。まだちゃんと比べたことはないけど、彼女の手が俺の手よりも二回りくらい小さいことに今日も驚いてしまった。
土曜の夕方だったから、レストランはほとんど満席だった。二人だし、とカウンター席に座る。ピザが特においしいんですよ、ここ。と彼女がメニューを渡してきた。ピザを何枚かと、めんたいパスタ、あとサラダを注文する。先にコーラとビールジョッキが運ばれてくる。彼女は今日は酒を飲むらしい。お付き合いありがとうございます、と彼女はコーラのグラスにジョッキを軽く打ち付けてからビールに口をつける。結露したビールグラスに人差し指で渦を書きながら彼女は、どこかに出掛けたりとかしたいねと言った。きれいに塗られた青い爪が濡れている。前に弟を連れて海へツーリングしたのを思い出した。
「これからの季節なら海とかどうかな」
「海いいな。江ノ島なら水族館とかもあるし」
しらす丼、たこせん、と名物をあげながら彼女は運ばれてきたピザをかじる。ベーコンとチーズ、崩した半熟卵がのっている。卵の黄身をこぼさないように、俺も一切れ口に運ぶ。みみがしっかり厚いタイプの生地で、噛みしめるたびにチーズとベーコンのうまみと小麦の風味が口の中に広がる。半熟卵ってなんでこんないいものなんだろう。
「おいしい」
でしょ、と彼女は笑った。すでに二切れ目に手を伸ばしている。彼女は以前「いっぱい食べる人を見るのが好き」と言っていたが、彼女を見ていると何となくその気持ちが分かるような気がする。別にロナルドやショットと飯を食うときは何とも思わないけど。
「最後、もらっていい?」
「いいよ、もう一枚頼もうかな……」
ありがとうございます、と彼女は最後の一切れを頬張る。二人とも食べるときは黙りがちだけど、沈黙が気まずいわけではない。食べてる相手を見るのが好きだからだと思う。
「サテツくん、メニューこっちにも見せて」
彼女の唇の端に、卵の黄身がついていた。
「ついてるよ」
俺は何も考えずに手を伸ばしてそれを拭う。拭ってから、そういえば女の人は化粧とかしてるから、あまりこういうのはよくないのではと思い至る。
「ごっ、ごめん!勝手に触っちゃった」
触る前に手は拭いたからピザの油とかはつけてないはずだ。彼女がぱちぱちとまばたきをして、ゆっくりと深呼吸したのが分かった。
「べつに、サテツくんになら、いいよ」
それだけ言って彼女は前を向いてお冷やをあおった。酒を飲んでいるのにさっきまで全然赤くなかった顔は、今や首筋まで赤く染まっている。いつも冷静な人だと思っていたけど、こんなに分かりやすかったのか。俺が見えてなかっただけで今までもこういうことがあったのかもしれない。あればいい、と思う。なんだか自分までじわじわ恥ずかしくなってきて、酒を飲んでないのにお冷やを飲み干した。
「個人経営だから、夜閉まるのが早いんだよね」
へぇ、と俺は相槌をうつ。彼女と砕けた口調で会話するのにはやっと慣れてきたけど、まだ俺は手を繋ぐ気恥ずかしさには慣れない。はじめての時から、「手を繋ぎたいんだけど、いいですか」と彼女はいつもの調子で尋ねてくる。訊かれるとかえって緊張してしまう。ちゃんと洗ってきたはずだけど、機械油とかで汚れてないかとか、汗で湿ってないかとか。まだちゃんと比べたことはないけど、彼女の手が俺の手よりも二回りくらい小さいことに今日も驚いてしまった。
土曜の夕方だったから、レストランはほとんど満席だった。二人だし、とカウンター席に座る。ピザが特においしいんですよ、ここ。と彼女がメニューを渡してきた。ピザを何枚かと、めんたいパスタ、あとサラダを注文する。先にコーラとビールジョッキが運ばれてくる。彼女は今日は酒を飲むらしい。お付き合いありがとうございます、と彼女はコーラのグラスにジョッキを軽く打ち付けてからビールに口をつける。結露したビールグラスに人差し指で渦を書きながら彼女は、どこかに出掛けたりとかしたいねと言った。きれいに塗られた青い爪が濡れている。前に弟を連れて海へツーリングしたのを思い出した。
「これからの季節なら海とかどうかな」
「海いいな。江ノ島なら水族館とかもあるし」
しらす丼、たこせん、と名物をあげながら彼女は運ばれてきたピザをかじる。ベーコンとチーズ、崩した半熟卵がのっている。卵の黄身をこぼさないように、俺も一切れ口に運ぶ。みみがしっかり厚いタイプの生地で、噛みしめるたびにチーズとベーコンのうまみと小麦の風味が口の中に広がる。半熟卵ってなんでこんないいものなんだろう。
「おいしい」
でしょ、と彼女は笑った。すでに二切れ目に手を伸ばしている。彼女は以前「いっぱい食べる人を見るのが好き」と言っていたが、彼女を見ていると何となくその気持ちが分かるような気がする。別にロナルドやショットと飯を食うときは何とも思わないけど。
「最後、もらっていい?」
「いいよ、もう一枚頼もうかな……」
ありがとうございます、と彼女は最後の一切れを頬張る。二人とも食べるときは黙りがちだけど、沈黙が気まずいわけではない。食べてる相手を見るのが好きだからだと思う。
「サテツくん、メニューこっちにも見せて」
彼女の唇の端に、卵の黄身がついていた。
「ついてるよ」
俺は何も考えずに手を伸ばしてそれを拭う。拭ってから、そういえば女の人は化粧とかしてるから、あまりこういうのはよくないのではと思い至る。
「ごっ、ごめん!勝手に触っちゃった」
触る前に手は拭いたからピザの油とかはつけてないはずだ。彼女がぱちぱちとまばたきをして、ゆっくりと深呼吸したのが分かった。
「べつに、サテツくんになら、いいよ」
それだけ言って彼女は前を向いてお冷やをあおった。酒を飲んでいるのにさっきまで全然赤くなかった顔は、今や首筋まで赤く染まっている。いつも冷静な人だと思っていたけど、こんなに分かりやすかったのか。俺が見えてなかっただけで今までもこういうことがあったのかもしれない。あればいい、と思う。なんだか自分までじわじわ恥ずかしくなってきて、酒を飲んでないのにお冷やを飲み干した。
