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宵の口、俺たちがいつものようにギルドでたむろ……情報交換に勤しんでいると、勢いよくギルドの扉が開いた。
「サテツさんいらっしゃいますか!?」
転がり込んできた女は、何回か仕事で見かけたことがある役所の職員だった。サテツが「どうかしましたか!?」と駆け寄る。
「控え室に忘れ物、してたので」
たしかに彼女が持っていたのはサテツのスマホだった。ありがとうございますとスマホを受け取ったときに指先が触れでもしたのだろうか、サテツの耳が赤くなる。でも相手はそれに気がついていないのか、息を整えると「今日もありがとうございました。ではこれで失礼します、お騒がせしました」と一礼した。マスターが誰々さんによろしくお伝えくださいと返す。
「あっ、駅まで送ります!」
さっさと出ていった彼女をサテツが慌てて追いかけていった。隣に座っているドラルクがめちゃくちゃ面白そうな顔をしている。
「腕の人にもとうとう春が来たんだねえ」
「お前はサテツの何なんだ」
そのまま戻ってこなければ、いないところで酒の肴にするだけだったのに、戻ってきてしまったから尋問大会が始まってしまった、と思いつつ俺もサテツに詰め寄る。
「こちらマスターからでーす」
ドン、と俺がおいたビールジョッキに困惑したサテツはマスターの方を向いた。マスターはVサインを作る。
「お席は確保しておくので、いつでもお誘いになってください」
「いや彼女とはそんなんじゃなくて」
「ハァ~?誰を誘うか明言はしてませんけど~?」
「近頃の小学生でももっとマシなからかい方をするぞ5歳児」
ショットと一緒にサテツを挟んで座る。ドラルクは復活しながらサテツの背後に回った。
「まぁ夜は長いんだから、とりあえず飲めよ」
そ う肩を叩くショットの目が据わっているのを見て、サテツは観念したようにジョッキを手に取り、ぐっと呷る。こんな飲み方をするなんて珍しい。
「……俺、よく役所の講座とかやってるだろ」
「なるほどそこで出会って恋に落ちたと」
「話を先に進めたがりすぎだろ」
「本人の口から詳しい話を聞かせろ」
いつの間にかギルドにいるやつらほとんどがサテツの話にヤジを飛ばす態勢に入っていた。本人は空のビールジョッキに視線を落としているから気付いていないようだが。
「講座とかで俺が参加者の方の質問で困ってるとき、うまくさばいてくれるんだ。相手が子どもでも大人でもそうで、あんなに可愛いのに、強い人だなと思った」
お前はどれだけ絡まれてるんだ、とその場のほぼ全員が思ったろうが、今回は誰も何も言わなかった。それよりも、ベタぼれであることがあまりにも早い段階で分かったので、サテツのちょろさに皆ドン引いているんだろう。
「それに、マナー君にも注意してるところも見たんだ。そのとき、グールに突き飛ばされても全然平気そうで」
「あぁ、この前の」
吸血鬼マナー違反はあれでも高等吸血鬼だし、何かやらかすときはグールを使役している。分別のつかない子どもならともかく、大人で、何の対抗手段も持たずにあれに絡みに行くのはバカかバカ真面目かのどちらかじゃないだろうか。
「俺、彼女のことが心配で、でも」
サテツが深いため息をついて頭を抱え込んでしまったので、俺たちはしばらく二杯目のジョッキを手にどうにかこうにかなだめすかすことになった。困ったら呼んでくださいと言ったらにべもなく断られたことを聞き出すのにすげぇかかった。サテツ的にはめちゃめちや勇気を振り絞ったんだろう。断られてるけど。
「たぶん彼女は、自分のも他人のも公私をちゃんと分けたい人なんだと思う、けど、じゃあなんで俺なんかを食事に誘ってくれるのか分かんないんだ」
「デートじゃねえか!」
俺とショットが両側から掴みかかる。いやそれはデートだろ。というか公私を分けたいやつが食事に誘うのは、最低でも仲良くしたいんだろう。さすがに分かるだろ普通。
「大食らいの珍獣を間近で観察したかったのでは?」
「ウワァァァ」
ドラルクの言葉でサテツが泣いた。俺たちが(たしかにそれも考えられるな……)(サテツはベタ惚れだけど変な女っぽいもんな……)(そもそもここに躊躇ゼロで入ってこれる時点で……)というアイコンタクトをしたのもよくなかったかもしれない。
俺はひとつ咳払いをする。
「まぁ、珍獣扱いされてたらされてたで、カッコいいとこ見せてアピールするしかねぇだろ。話聞いてる限り、恋人とかになんない限り、お前のところに直にSOS寄こさなそうだし」
「彼女、最近ちゃんとギルドに通報いれてくれるんで、できるだけサテツさんに依頼回しますね」
「ゴウセツさん……!」
職権濫用、という筆文字がマスターの背後に見えるようだ。というかサテツを振るための方便じゃなかったのか。律儀か。
「俺、がんばるよ」
ありが、までサテツが言いかけたところでまたドアがいきなり開いた。
「やぁ諸君いい夜だね。ところで恋バナの会場はこちらかな?甘酸っぱい恋バナとY談は仲の良い兄弟のようなもの!そういうわけで」
不本意ながら定番になってしまった閃光がギルドを包む。
「ま、前開きのブラジャー(大丈夫か、みんな)」
「俺はいつもは涼しい顔した子が走って息切れしてるのもいいと思……(俺は大丈夫……)」
ばっ、とサテツが口を押さえる。
「下着をつけずにだぼだぼのTシャツを羽織ってほしい!(お前それさっきのそのままじゃねえか!)」
「サテツさんいらっしゃいますか!?」
転がり込んできた女は、何回か仕事で見かけたことがある役所の職員だった。サテツが「どうかしましたか!?」と駆け寄る。
「控え室に忘れ物、してたので」
たしかに彼女が持っていたのはサテツのスマホだった。ありがとうございますとスマホを受け取ったときに指先が触れでもしたのだろうか、サテツの耳が赤くなる。でも相手はそれに気がついていないのか、息を整えると「今日もありがとうございました。ではこれで失礼します、お騒がせしました」と一礼した。マスターが誰々さんによろしくお伝えくださいと返す。
「あっ、駅まで送ります!」
さっさと出ていった彼女をサテツが慌てて追いかけていった。隣に座っているドラルクがめちゃくちゃ面白そうな顔をしている。
「腕の人にもとうとう春が来たんだねえ」
「お前はサテツの何なんだ」
そのまま戻ってこなければ、いないところで酒の肴にするだけだったのに、戻ってきてしまったから尋問大会が始まってしまった、と思いつつ俺もサテツに詰め寄る。
「こちらマスターからでーす」
ドン、と俺がおいたビールジョッキに困惑したサテツはマスターの方を向いた。マスターはVサインを作る。
「お席は確保しておくので、いつでもお誘いになってください」
「いや彼女とはそんなんじゃなくて」
「ハァ~?誰を誘うか明言はしてませんけど~?」
「近頃の小学生でももっとマシなからかい方をするぞ5歳児」
ショットと一緒にサテツを挟んで座る。ドラルクは復活しながらサテツの背後に回った。
「まぁ夜は長いんだから、とりあえず飲めよ」
そ う肩を叩くショットの目が据わっているのを見て、サテツは観念したようにジョッキを手に取り、ぐっと呷る。こんな飲み方をするなんて珍しい。
「……俺、よく役所の講座とかやってるだろ」
「なるほどそこで出会って恋に落ちたと」
「話を先に進めたがりすぎだろ」
「本人の口から詳しい話を聞かせろ」
いつの間にかギルドにいるやつらほとんどがサテツの話にヤジを飛ばす態勢に入っていた。本人は空のビールジョッキに視線を落としているから気付いていないようだが。
「講座とかで俺が参加者の方の質問で困ってるとき、うまくさばいてくれるんだ。相手が子どもでも大人でもそうで、あんなに可愛いのに、強い人だなと思った」
お前はどれだけ絡まれてるんだ、とその場のほぼ全員が思ったろうが、今回は誰も何も言わなかった。それよりも、ベタぼれであることがあまりにも早い段階で分かったので、サテツのちょろさに皆ドン引いているんだろう。
「それに、マナー君にも注意してるところも見たんだ。そのとき、グールに突き飛ばされても全然平気そうで」
「あぁ、この前の」
吸血鬼マナー違反はあれでも高等吸血鬼だし、何かやらかすときはグールを使役している。分別のつかない子どもならともかく、大人で、何の対抗手段も持たずにあれに絡みに行くのはバカかバカ真面目かのどちらかじゃないだろうか。
「俺、彼女のことが心配で、でも」
サテツが深いため息をついて頭を抱え込んでしまったので、俺たちはしばらく二杯目のジョッキを手にどうにかこうにかなだめすかすことになった。困ったら呼んでくださいと言ったらにべもなく断られたことを聞き出すのにすげぇかかった。サテツ的にはめちゃめちや勇気を振り絞ったんだろう。断られてるけど。
「たぶん彼女は、自分のも他人のも公私をちゃんと分けたい人なんだと思う、けど、じゃあなんで俺なんかを食事に誘ってくれるのか分かんないんだ」
「デートじゃねえか!」
俺とショットが両側から掴みかかる。いやそれはデートだろ。というか公私を分けたいやつが食事に誘うのは、最低でも仲良くしたいんだろう。さすがに分かるだろ普通。
「大食らいの珍獣を間近で観察したかったのでは?」
「ウワァァァ」
ドラルクの言葉でサテツが泣いた。俺たちが(たしかにそれも考えられるな……)(サテツはベタ惚れだけど変な女っぽいもんな……)(そもそもここに躊躇ゼロで入ってこれる時点で……)というアイコンタクトをしたのもよくなかったかもしれない。
俺はひとつ咳払いをする。
「まぁ、珍獣扱いされてたらされてたで、カッコいいとこ見せてアピールするしかねぇだろ。話聞いてる限り、恋人とかになんない限り、お前のところに直にSOS寄こさなそうだし」
「彼女、最近ちゃんとギルドに通報いれてくれるんで、できるだけサテツさんに依頼回しますね」
「ゴウセツさん……!」
職権濫用、という筆文字がマスターの背後に見えるようだ。というかサテツを振るための方便じゃなかったのか。律儀か。
「俺、がんばるよ」
ありが、までサテツが言いかけたところでまたドアがいきなり開いた。
「やぁ諸君いい夜だね。ところで恋バナの会場はこちらかな?甘酸っぱい恋バナとY談は仲の良い兄弟のようなもの!そういうわけで」
不本意ながら定番になってしまった閃光がギルドを包む。
「ま、前開きのブラジャー(大丈夫か、みんな)」
「俺はいつもは涼しい顔した子が走って息切れしてるのもいいと思……(俺は大丈夫……)」
ばっ、とサテツが口を押さえる。
「下着をつけずにだぼだぼのTシャツを羽織ってほしい!(お前それさっきのそのままじゃねえか!)」
