鋭角の夜が明けるまで

監督生のことを考えていてろくに聞いていなかった授業も終わり、イデアは自室で引き続き思索に耽っていた。とはいえ思考は期待と自虐でぐるぐると回ってばかりだ。事象のみを並べたら自分に都合がよすぎる結論が出てしまうことにイデアは慣れていない。同じ「いいこと」でも推しているジャンルの告知であればほとんど疑いなく受け入れるのに。行き詰まったイデアが濁点混じりの呻き声をあげたところで部屋のロックを解錠する音が聞こえた。慌てて彼は姿勢を直してダミーのウィンドウを開く。お疲れさまです、と言いながら監督生が入室してくるのには間に合った。
「お、お疲れさま」
まだどもりがちながらもイデアも返事を返せるようになっている。慣れた足取りで監督生はイデアの部屋に踏み込む。ベッドに向かうかと思いきや、机の横で足を止めた。
「何やってるんですか?」
椅子の肘置きに手を乗せて、画面を覗き込むために監督生は身を乗り出した。ふわ、と自分とは違う人の匂いを感じてイデアは身を固まらせる。
「えっ、いや、ネトゲのデイリー消化しちゃおうと思って」
イデアは答えながら、少しだけ監督生のほうへ体を傾けた。思い付きで試した行動だったが彼女がそれを気にした様子はない。へぇ、と平易な相槌を打つだけである。
「監督生氏、あまりソシャゲとかやったことない系?」
「小さい頃にいとこのお古のゲームを少しやったくらいですね」
「どういうやつ?」
「あんまり覚えてないですけど……パズルゲームかな……」
興味を失ったらしい監督生は椅子に座っているイデアの後ろを回ってベッドに倒れこんだ。うつぶせに寝転がりながら靴を脱いで床に落とす。跳ねて横に倒れた靴を腕だけ伸ばして直している監督生の無防備な背中をイデアは見下ろす。規則正しく上下しているそれをしばらく見つめていたが、思い立って椅子を立ち上がり、ベッドに近づいた。
「寝た?」
小声での問いに答えがなかったので、イデアは更に距離を詰める。しかし枕元に腰かけたはいいものの、特にその先したいこともする勇気もなかった。いまだに自分の部屋に他人(しかも異性、しかも恋人)がいることが夢かなにかのように感じられて、イデアは我に返ったかの様にびくりと体を震わせた。その拍子に指先が監督生の髪の毛に触れる。
「あっ」
慌ててイデアは手を引っ込めた。監督生の反応がなかったことに彼は安堵する。さて、と今の一通りの出来事をなかったことにしてイデアは立ち上がろうとした。
「どうしたんですか」
おわ、と彼は濁点混じりの悲鳴を上げる。恐る恐る監督生のほうを見ると、彼女はいつの間にかイデアのほうを向いていた。
「いやあの、えぇと、お、起こした?」
「大丈夫ですよ、別にまだ寝てなかったし。ここは先輩の部屋なんですから好きに過ごしてもらって」
監督生は固まっているイデアの指先に軽く触れた。イデアは心臓がぎゅうと締め付けられるのを感じる。同時に、以前自分が見下ろしていても彼女が特に嫌がらなかったことを思い出す。
「かっ、監督生って、もしかして拙者のことかなり好き?」
声が上ずっていることにイデアは心の中で舌打ちをする。しかし監督生が手を握ってきたことで自分の発声は瞬間的にどうでもよくなった。それどころではなくなったともいうが。
「そりゃ好きですよ、今更何言ってるんですか」
観察についての考察が当たっていた、とイデアは気が付く。
「ひょっとして、監督生氏ってめちゃめちゃ可愛い……!?」
「は?」
「そ、その『は?』って言うのやめてくれない? あの、こちとら繊細なオタクなので……」
あぁ、ごめんなさいと監督生は素直に謝る。オタクのノリが通じないのだ、と今更イデアは反省した。しかしその間もずっと手は触れたままであった。
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