鋭角の夜が明けるまで

アズールからアドバイス――あくまでイデアはそう思っている――を受けたイデアは、さっそく監督生の観察を始めることにした。学年共通の授業で、端末のカメラを通じて監督生の姿を探す。そんな誰がいるか分からない授業への直接の出席は最低限に抑えたいからだ。彼女はイデアの斜め後ろに座っていた。その横にはエースとデュース、グリムも並んでいる。仲がよろしいことで、とイデアは自室で呟く。彼らの間隔は特に近くも遠くもない。
「――ここまではいいな?」
きりのいいところまで説明したトレインが、びっしりと書いた板書を消していく。イデアはどの授業も撮影した画像を残しているので困ったことはないが、ちまちまとノートに書き写している生徒からは、消すスピードが早いと毎日のように悲鳴が上がるほどだ。イデアの背後からも、「やべっ」という声が聞こえてきた。
「監督生、ちょっとノート見せてくんね?」
イデアが教卓から映像を切り替えると、監督生の隣に座ったエースが監督生のほうへ乗り出しているところだった。二人の顔がぐっと近づく。デュース氏に見せてもらえばいいでしょうが!グリム氏でも可! パリピの距離感怖! とイデアは叫ぶが自室なので誰にも聞こえていない。監督生は前を見たままエースが近づいた分の距離をとり、ノートだけを彼のほうへスライドさせた。それだけのささやかな動作だったが、アニメや映画の考察(深読みともいう)に慣れているイデアはほほう、と顎を撫でた。

昼休み、うろうろと学内をさまよっていたイデアは監督生を見つけた。ので、こっそりと後をつけることにした。これはあくまで観察……と彼は誰にともなく弁解する。数メートル離れてイデアは監督生の様子をうかがう。授業と同じく、エースとデュースが一緒だ。グリムはデュースに抱えられている。そしてグリムは食べかけのデラックスメンチカツサンド(二個目)を抱えていた。何を話しているのか、イデアからはよく聞き取れない。すると監督生だけが後ろを振り向いて猛然と駆け出した。イデアには気付かずにすぐ脇を走り抜ける監督生の背中を彼は呆然と見つめる。そのイデアの横を、爆笑しているフロイドも走っていった。フロイドはコンパスの差をもってすぐに監督生に追いつき、長い腕を伸ばしてその肩を引き寄せた。それを遠目に見ていたイデアは、恐る恐る少しだけ距離を縮める。フロイドは親しげに肩を抱いているが、監督生はどうにか抜け出そうと身をよじっている。フロイドの声色だけが楽し気だ。
「何? 小エビちゃん鬼ごっこしたいの?」
「昼休み終わりますよフロイド先輩」
ここで颯爽と助けに入れればさぞかしカッコいいのだろうがフロイド氏と関わりたくなさすぎて絶対に無理、とイデアは思う。せめて何かできることはないかという発想すらない。そのくらいフロイドには関わりたくなかったからだ。逡巡している間にチャイムが鳴り、監督生はどうにかフロイドの腕を振りほどいて脱出したようだった。
何もできなかったながらもひとまず安心したイデアは、いつの間にか監督生に添い寝されていた日のことを思い出す。イデアにとっての監督生も、自分のパーソナルスペースに突然入ってきた他人である。それでも今は慣れてしまった。それどころか、今日も彼女は自分の部屋に来るのだろうかという期待すら抱いてしまっている。
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