鋭角の夜が明けるまで

「疲れた……シンプルに疲れた……」
イデアがオンラインゲームのレイド戦に勤しんでいたら、いつの間にか夜明けを迎えていたのだ。三時間だけ仮眠はとったが。しかもすっかり忘れていたが飛行術の授業がある日だったのだ。痛む全身を抱えてイデアは帰寮する。さすがにコンピューターの電源を入れる気にもなれず、イデアはベッドに倒れこんですぐに意識を飛ばした。
しばらくして目が覚めたイデアは、横向きに寝ている自分の背中に何かが当たっているのを感じた。枕は自分が頭に敷いている。そもそもそこまで寝相が悪い覚えもない。恐る恐るイデアは体を回転させて振り返る。自分の胸元あたりの高さに、黒髪の頭頂部が見えた。
「かっ…………」
イデアは声にならない悲鳴を上げる。いっそ叫べたら、このすやすやと寝ている監督生を起こすことができたのだが。落ち着くために、イデアは深呼吸をした。
(よし、状況を整理しよう)
監督生よりもイデアが壁際側に寝ているので、彼女を起こさないようベッドから抜け出すこともできない。規則正しい寝息が小さく聞こえるので、監督生が起きる気配もない。ふと思い出してイデアは枕元に転がっている目覚まし時計を手にとったが、アラームに設定された時間まではあと30分もあった。普段なら決して長時間ではないが、この至近距離に監督生がいるとなると話は別である。他人の気配を感じてしまったらもう一度寝ることもできず、机の上に放り出した端末を取ることもできずイデアは途方にくれた。
「というようなことがあったんでござるよ」
「…………はぁ」
それで結局どうなったんです? とも訊かずにアズールはただ自分の駒を動かした。今がボードゲーム中じゃなかったらこんなどうでもいい話聞かずに済んだのに、と彼は思う。監督生とは期末テストの一件以来、相互不干渉に落ち着いている。それだけの事をしたし、されたと少なくともアズールは考えている。
「いやよく考えたら拙者たち別に好き同士? ですし? でもさすがに無防備すぎません? 我男子高校生ぞ?」
「これ以上のろけ続けるなら有料ですよ」
駒を持ったままイデアが「えっこれのろけなの?」という顔で見てきたので、アズールはこれ見よがしにため息をついた。
「いや違うんだよアズール氏、拙者は監督生氏のことはわりと未知の生き物だと思ってるんだよ。だからこれはカノジョがかわいいとかじゃなくって何あの生き物……意味不明……ってことだから」
イデアの早口をアズールは適当に聞き流す。それでも先輩なので、一応の相槌は打つことにした。
「未知の生き物だと思ってるなら、観察でもすればいいじゃないですか」
心底興味がなさそうな声色だったが、何だかんだ浮かれているイデアはそうか! と手を打った。
「こと魔法工学でも観察は基本でござるからな……ありがとうアズール氏、拙者観察するよ、監督生氏を……! ところで拙者の勝ちじゃない?」
こんな浮かれきっているイデアに負けたのが悔しくて、アズールは心中で舌打ちをする。そもそもアズールには、監督生がそんな無防備な人間には見えなかった。自分と相互不干渉の状態にあることもそうだし、フロイドに気付いた瞬間できる限りの速足で避けようとしている様子も何度か見ているからである(結局それを面白がったフロイドに捕まっているのだが)。だが、それをゲームに勝ったイデアに教えるのは癪だったため、アズールは何も言わなかった。
9/11ページ
スキ