鋭角の夜が明けるまで

冬眠前のクマのごとく、イデアは自室をうろうろと歩き回っていた。時々足を本の山にぶつけて崩しては舌打ちをしたり、足の小指を打っては悶絶する。今日部活があれば少しは気がまぎれたかもしれない。あっても行く気になれなかったかもしれないが。イデアは神経質に髪をいじりながら、昨日の監督生との会話を思い出す。
「イデア先輩がよければ、明日にでも」
「全っ然大丈夫ですぞ!オンゲのイベントもないですし。なんせ拙者の部屋に尋ねてくるリア友なんぞおりませんゆえ」
(いや、その前!)
イデアはうずくまって足の小指の痛みに耐えながら思考する。
(拙者の記憶が正しければその場の勢いで監督生氏に「好き」と暴露してしまった気がするのだが……? いや監督生氏がどこまでちゃんと聞いてるか分からないけど。なんせ陽キャは人の話を聞かないがちですからな。ソース、カリム氏)
そもそもまだ授業が終わって間もない時間なのだが、本日のイデアにそれを斟酌する余裕はなかった。頼みの綱のオルトは、兄の様子などお構いなしに(と、イデアは認識している)どこかへ散歩しに行ったきりである。
うずくまったまま進むイデアの思考を途切れさせたのは、部屋の解錠用パスコードを入力する音だった。イデアの自室のパスを知っているのは彼自身とオルトの他に一人しかいない。ロックが解除される音と共にイデアは慌てて立ち上がり、机に向かう。監督生が入ってきた気配をイデアは背中で感じる。フィクションに出てくる、サボりがバレないように誤魔化そうとする児童のようだ、と彼は自嘲した。
そうやって別のことを考えていたから、お邪魔します、という監督生の呟きに、イデアは反応しそびれる。何も会話をできないまま、彼は監督生がベッドに寝転ぶのを横目で確認した。彼女が壁際を向いているため、イデアからは表情はおろか眠っているのかの判別すらつかない。意識しているのが悟られないように、イデアはキーボードを無意味にカチャカチャと叩いては入力した文字を消す作業に従事する。
「イデア先輩」
「な、なに?」
寝ていると思った監督生から呼ばれて、イデアはどもりながら答える。無意識につめていた息を吐きだした。
「私が夜ちゃんと眠れるようになっても、遊びに来ていいですか」
監督生は相変わらず壁を向いている。イデアは彼女がどんな表情をしているのか知りたくなったが、起きているのが分かっていて覗き込む度胸はなかった。
「今更そんなこと聞かないでくれる?」
とげとげしい言い方になってしまった、とイデアは口に出した端から自省する。キーボードに置いた両手を握り、緊張をどうにかまぎらわせようとしたが、あまりうまくいかなかった。
「監督生氏が来なくなったら、さびしいよ」
同じようなことを何度も言わせないでほしい、とイデアは思う。そういった会話が苦手なこともあるが、毎度新鮮に恥ずかしいからだ。照れ隠しにぐしゃぐしゃと髪をかきむしっていると、彼女が身動きした気配がした。
「私もイデア先輩と会えなくなったら、さびしくなると思います」
イデアが動揺で身じろぎをするのに合わせて椅子がきしんだ。監督生が自分に視線を向けていることに彼は気が付き、思わず床に目線を落とす。
「なんでか優しくしてくれる先輩がいたら好きになっちゃいますよ、こちとら誰も頼る人がいない異世界人なんだから」
監督生がからかうような口調で言った。それが彼女なりの照れ隠しであることまで斟酌する余裕はイデアにない。昨日の自分のぼやきが監督生にばっちり聞こえていたことが分かったからである。
「か、監督生氏、案外、性格悪いでしょ……」
この学園に染まったんじゃないですかね、と監督生は笑った。
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