鋭角の夜が明けるまで

オンボロ寮のベッドで監督生はまた深夜に目を覚ました。サムの店で買った小さな目覚まし時計は深夜三時をさしている。舌が貼り付いてしまいそうな喉の渇きに気がついた監督生は、水場へ向かった。
蛇口をひねると、悲鳴のような、かん高い音が響く。こんな夜に限っていつもうるさいくらいのゴーストたちは現れないのだ。勢いよくグラスに水を注いだものだから、跳ねた水が監督生の手を濡らす。もっと寒くなれば水仕事がつらくなるな、と現実逃避じみたことを彼女は考えた。それまでに帰れるとは思っていない。水分が喉を通っていく感触で、やっと今が現実である実感を得る。それでも気を抜くと、オーバーブロットの底冷えするような空気の冷たさと、その攻撃魔法が身をかすめる熱さを思い出してしまう。さっきまで見た夢もその反芻だった。毎日のように夢に見るものだから、もう記憶が擦り切れているのか強調されているのか、監督生には分からなくなってしまった。濡れた唇を彼女は乱暴にぬぐう。
(この世界では根無し草の私が、この世界で生きてきた彼らの秘密を暴き立てるなんて、何様のつもりだ)
元の世界では無縁だった生命の危機を経験したこと、自分が、彼らにとって最後の一押しをした――むろん彼女のせいだけではないが、彼女にとっては自分が招いたことだった――ということが彼女をひどく疲れさせていた。ただあがいているだけだ、それでも彼らを追い詰めてしまったことは事実なのだから、受け入れなければならないと監督生は自分に言い聞かせる。そのせいで睡眠不足になった頭で、監督生はぼんやりと死ぬことすら考えていたのだ。イデアの部屋で眠れていたからずいぶんマシにはなったのだ。しかし、イデアの元へ行かなくなって、今日で一週間が経過した。監督生の目の下には、再び隈ができつつある。
監督生は布団にもぐって、イデアの部屋を思い出そうとする。彼の独り言や、キーを叩く音は監督生を安心させた。できる限り人に頼りたくなかった監督生が彼を頼るようになったのは、ほんの事故のようなきっかけだったが、それでもイデア先輩は十分すぎるほど良くしてくれた、と監督生は思う。付いていくのがやっとの勉強の間を縫って、これ以上学園長に借りを作らないため、そして生活費を得るために、必死に雑用をこなしている監督生は、ただ頼ることを許してくれたイデアに惹かれていたのだ。だからこそこれ以上踏み込むわけにはいかない、と監督生は決めたのだ。これ以上深い仲になれば、自分がこの世界から消えるときに、彼を悲しむだろうと彼女は考えた。それを見たくはなかったのだ。
「問題集、返しにいかなきゃ……」
解き終わるまでは、とぐずぐずしていたがそれを待っていたら最低でも1年はかかってしまう。いい加減覚悟を決めねばならない、と監督生は深く息を吐いた。問題集を返して、部屋に行かなくなればきっとそれでイデアとの交流は終わるだろう。想像すると、監督生の頭の芯はじんと熱を持つ。イデアのほうから自分に接触してくる光景は思い浮かばなかった。鼻の奥も痛くなってゆく。しかし涙は出なかった。この世界に来てから監督生はまだ、泣いたことがない。
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