鋭角の夜が明けるまで
イデアが監督生の存在に慣れるに従って、監督生も遠慮がなくなってきた。イデアが部屋にいようがお構いなしに入ってきて、ベッドに横たわる。目覚まし時計は、すっかり監督生専用になっている。背後に人の気配があっても、監督生ならイデアも作業できるようになってきたし何なら独り言もぶつぶつ呟けるようになっていた。作業が一段落して、イデアは大きく伸びをする。
そういえば部屋に帰ってきたとき、監督生がすでに寝ていたことに思い当たってベッドのほうに椅子を回転させた。監督生の滞在時間は大体15分から1時間程度だ。本人の予定や体調によって増減しているらしいが、イデアはまだそこまで訊く勇気がない。なにぶん相手は寝に来ているものだから、会話がほとんどないのだ。それでもオルトが積極的に監督生に話しかけるから、イデアも少しだけ世間話をするようになった。だが今日はまだ監督生は眠っている。その寝顔が見たくなって、イデアはベッドに近付いた。これまでも何となく監督生の寝顔を見ては、これを見られるのは自分だけだと優越感に浸っていたのだが、難しい課題をひとつ終えたイデアは、気が大きくなっていた。椅子をスライドさせ、ベッド際に移動したイデアは、ベッドに乗り出してほぼ真上から監督生を見上げる。イデアの長い髪が緞帳のように監督生の周りに垂れた。
「イデア先輩の部屋が一番よく眠れるんですよ」
監督生が目を閉じたまま口を開く。こんなに近くにいることを、監督生が気付いているのか分からなくて、イデアはにわかに身動きがとれなくなる。
「冥界の王がイデア先輩だったら死ぬのも怖くないのにな」
監督生の目はまだ開かなかった。ぎ、と椅子から身をのりだし、イデアは監督生の頭の横に手をついた。監督生の頬や黒い髪に、青い光が落ちて、まるで染まったようだとイデアは思う。
「死なないと僕のものになってくれないの」
ぱち、と監督生が目を開けた。自分の言葉がほとんど告白であることに思い至ったイデアは今すぐに消えてなくなりたかったが、監督生の瞳が自分の顔をまっすぐ見ているものだから、蛇に睨まれたカエルのように固まってしまった。
「イデア先輩にはオルトくんがいるから、私なんて特別にならないだろうと思ってました。私はいつか帰ってしまうかもしれないのに」
監督生の瞳の青色が震えていたが、彼女の目から涙はこぼれなかった。動けないイデアから、器用に監督生はすり抜けていく。元より触れてはいなかったのだ。
監督生が部屋を出ていくまでイデアは処理落ちしたコンピューターのようにフリーズしていた。彼女がもう周囲にはいなくなっただろうという頃になってやっと顔をあげ、天井を仰ぐ。体重を変にかけられた椅子がぎしりと鳴った。
「そんなわけないでしょ、監督生氏………」
上を向いたのは、そうでもしないと情けなさと腹立たしさで涙が溢れてしまいそうだったからだ。オルトに見られる前にどうにかしないといけない。
そういえば部屋に帰ってきたとき、監督生がすでに寝ていたことに思い当たってベッドのほうに椅子を回転させた。監督生の滞在時間は大体15分から1時間程度だ。本人の予定や体調によって増減しているらしいが、イデアはまだそこまで訊く勇気がない。なにぶん相手は寝に来ているものだから、会話がほとんどないのだ。それでもオルトが積極的に監督生に話しかけるから、イデアも少しだけ世間話をするようになった。だが今日はまだ監督生は眠っている。その寝顔が見たくなって、イデアはベッドに近付いた。これまでも何となく監督生の寝顔を見ては、これを見られるのは自分だけだと優越感に浸っていたのだが、難しい課題をひとつ終えたイデアは、気が大きくなっていた。椅子をスライドさせ、ベッド際に移動したイデアは、ベッドに乗り出してほぼ真上から監督生を見上げる。イデアの長い髪が緞帳のように監督生の周りに垂れた。
「イデア先輩の部屋が一番よく眠れるんですよ」
監督生が目を閉じたまま口を開く。こんなに近くにいることを、監督生が気付いているのか分からなくて、イデアはにわかに身動きがとれなくなる。
「冥界の王がイデア先輩だったら死ぬのも怖くないのにな」
監督生の目はまだ開かなかった。ぎ、と椅子から身をのりだし、イデアは監督生の頭の横に手をついた。監督生の頬や黒い髪に、青い光が落ちて、まるで染まったようだとイデアは思う。
「死なないと僕のものになってくれないの」
ぱち、と監督生が目を開けた。自分の言葉がほとんど告白であることに思い至ったイデアは今すぐに消えてなくなりたかったが、監督生の瞳が自分の顔をまっすぐ見ているものだから、蛇に睨まれたカエルのように固まってしまった。
「イデア先輩にはオルトくんがいるから、私なんて特別にならないだろうと思ってました。私はいつか帰ってしまうかもしれないのに」
監督生の瞳の青色が震えていたが、彼女の目から涙はこぼれなかった。動けないイデアから、器用に監督生はすり抜けていく。元より触れてはいなかったのだ。
監督生が部屋を出ていくまでイデアは処理落ちしたコンピューターのようにフリーズしていた。彼女がもう周囲にはいなくなっただろうという頃になってやっと顔をあげ、天井を仰ぐ。体重を変にかけられた椅子がぎしりと鳴った。
「そんなわけないでしょ、監督生氏………」
上を向いたのは、そうでもしないと情けなさと腹立たしさで涙が溢れてしまいそうだったからだ。オルトに見られる前にどうにかしないといけない。
