鋭角の夜が明けるまで

翌日、監督生が本当に来るのか、来ても問題集の話題を出すかイデアは半信半疑だった。しかし、放課後すぐ、イデアの部屋の扉はノックされた。昨日の今日である。他人への干渉を最低限にしたいイグニハイド生も、自分と関わりがないゴシップには飢えている。イデアは細く扉を開けると、監督生に早く中に入るように促した。扉を閉めてすぐ、机の上に置いてあった問題集を二冊監督生に差し出す。
「こっちが魔法薬学のやつで、これが魔法史のやつ。僕はもういらないから、どっちも持ってっていいよ。……何その顔」
監督生は、弾かれたようにイデアの顔を見つめた。
「あの、まさか探しておいてくれたとは思わなくて。しかも魔法史のまで。すいません、お手数おかけして」
「……別に、部屋を漁られるよりはマシだと思っただけだから。あと何回か借りてることになってるんでしょ。拙者も辻褄合わせやすいほうがいいし」
イデアは監督生に言い返しながら、男のツンデレとか誰得だよ、と心の中で舌打ちをした。別に優しい先輩を自分がやったっていいじゃないかと思ってはいるのだ。しかし慣れないことをしている照れが勝ってしまう。イデアから二冊とも受け取った監督生は、優しい手つきで表紙を撫でた。イデアが冊子の端を持っていたため、手が触れ合うということは起こらない。
「口から出まかせだったんですけど、貸していただけるのは助かります。あの、他の子たちよりも頑張らなきゃいけないんですけど、いかんせんお金がないもので」
「……リドル氏とかに借りればよかったのに」
「リドル先輩の参考書とか問題集は、ハーツラビュルの子たちが借りてるんですよ」
監督生の声色は寂しげでもなんでもなく、当たり前のことを確認しているだけの平坦なものだった。拙者を頼る後輩はいませんからな、とイデアは軽口を叩こうとして躊躇した。こういうのは何も考えずに言えなかったら言わないほうがいいのだ。代わりの言葉を探して、イデアは自分の髪の毛をがしがしとかきむしった。
「も、もし迷惑じゃなければ、他にも探しておくけど」
「いいんですか」
それはイデアとの会話で、監督生が一番大きな声を出した瞬間だった。彼女の目が輝いているのにイデアは気がつく。急にどぎまぎして、イデアは監督生から目をそらして天井に視線をやった。
「いいよ別に。返してくれなくてもいいし」
監督生はイデアの言葉に、問題集二冊を抱きしめて照れたように笑った。
「ありがとうございます。イデア先輩には甘えてばかりで」
表情が薄いわけではないのだ、とイデアはいつぞやと同じことをもう一度考える。勘違いでなければ、彼女の中で自分が特別な何らかの立ち位置を得つつあることも。彼は対人経験こそ少ないものの、けして鈍感な人間ではなかった。けれどその特別な立ち位置が、自分の期待するものなのか、断定するにはまだ材料が足りなかった。
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