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「イルカとクマノミ、どっちがいい?」
何のことかと思ったらチケットの絵柄だった。
「じゃあ、イルカにしようかな」
「どうぞ」
水族館なんて小学校の遠足以来だ。チケットの絵柄が違うことも知らなかった。彼女は友人と何度か来たことがあるらしい。久しぶりの水族館は入った瞬間潮のにおいがした。彼女はすでに最初の水槽で泳いでいる小さなエイを指で追いかけている。子供たちがどやどやとやってきたのですぐに場所を譲ったけど。
ゆるやかな傾斜を下りながら水槽を見るのは、海に潜っていくようだ。シラスの群れの展示はさっき食べたシラス丼を思い出してしまい、勝手にちょっと気まずくなったりしたけど。
「手、つないでいい?」
暗いから、と彼女が付け加える。別に理由なんてなくてもいいのに。チケット売り場で一度離した手がまたつながれる。坂を下りきった先には大水槽があった。見上げるほど大きい水槽で、イワシの群れがきらきらと泳いでいる。大きな魚が群れに向かってくると、ぱっと二つのかたまりに分かれる。いつまでも見てられるよね、と彼女が言う。水槽を見上げているから、水面を通った光が彼女の目を輝かせている。目の高さをゆっくりとスズキが通過する。食べれるやつだなぁ、と思ったけどデリカシーがない気がして言葉を飲み込んだ。
「あれ、食べれる魚だ。さっきもメニューにあった」
やっぱり地元の海の水槽なんだねえ、と彼女が言う。話題はともかく、というかこんなちょっとしたくだらない話題だからこそ、同じこと考えてたんだなぁという喜びがじんわりと胸を満たした。
▼
イルカショーのスタジアムへ向かう通路の片隅にある階段を下りると、ふれあいコーナーだった。彼女と来なかったら絶対に見落としていただろうし、そもそも行こうと思わなかったかもしれない。勇ましく腕まくりをした彼女がナマコとかヒトデとかを楽しそうにつついている。写真なんてめったに撮らないけど、ついスマホを取り出してカメラを起動した。彼女はちら、とこちらを見たがまた気にせずアメフラシを手に乗せた。別にいい、ということだろうか。
「と、撮っていい?」
「わざわざ言わなくてもいいのに」
呆れたように彼女は言ったけど、ちゃんとこっちを向いてくれた。たまにマナー君から彼女の隠し撮りが送られてきて、よくないと思いつつも保存してしまう。いい加減自分で撮った写真もほしいと思ったのだ。さすがにこのことは彼女に言えない。でもこんな笑顔の彼女の写真はマナー君には撮れない。柄にもなくそんなことを思った。
「サテツくんも触ろうよ」
彼女に手招きをされたので、スマホをしまって腕まくりをした。つぶさないか怖い、と言ったら水の中でつつくだけだよ、と言われる。ウニよりもヒトデのほうがハードルが低い気がしたので、ガラス面にへばりついたヒトデにそっと指を伸ばす。思ったより硬かった。
「はじめて触った」
「私もバイクの後ろ乗ったのはじめて」
水槽から手を引き抜いた彼女は、手を洗ってくるね、と水道のほうへ駆けていった。
「イルカとクマノミ、どっちがいい?」
何のことかと思ったらチケットの絵柄だった。
「じゃあ、イルカにしようかな」
「どうぞ」
水族館なんて小学校の遠足以来だ。チケットの絵柄が違うことも知らなかった。彼女は友人と何度か来たことがあるらしい。久しぶりの水族館は入った瞬間潮のにおいがした。彼女はすでに最初の水槽で泳いでいる小さなエイを指で追いかけている。子供たちがどやどやとやってきたのですぐに場所を譲ったけど。
ゆるやかな傾斜を下りながら水槽を見るのは、海に潜っていくようだ。シラスの群れの展示はさっき食べたシラス丼を思い出してしまい、勝手にちょっと気まずくなったりしたけど。
「手、つないでいい?」
暗いから、と彼女が付け加える。別に理由なんてなくてもいいのに。チケット売り場で一度離した手がまたつながれる。坂を下りきった先には大水槽があった。見上げるほど大きい水槽で、イワシの群れがきらきらと泳いでいる。大きな魚が群れに向かってくると、ぱっと二つのかたまりに分かれる。いつまでも見てられるよね、と彼女が言う。水槽を見上げているから、水面を通った光が彼女の目を輝かせている。目の高さをゆっくりとスズキが通過する。食べれるやつだなぁ、と思ったけどデリカシーがない気がして言葉を飲み込んだ。
「あれ、食べれる魚だ。さっきもメニューにあった」
やっぱり地元の海の水槽なんだねえ、と彼女が言う。話題はともかく、というかこんなちょっとしたくだらない話題だからこそ、同じこと考えてたんだなぁという喜びがじんわりと胸を満たした。
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イルカショーのスタジアムへ向かう通路の片隅にある階段を下りると、ふれあいコーナーだった。彼女と来なかったら絶対に見落としていただろうし、そもそも行こうと思わなかったかもしれない。勇ましく腕まくりをした彼女がナマコとかヒトデとかを楽しそうにつついている。写真なんてめったに撮らないけど、ついスマホを取り出してカメラを起動した。彼女はちら、とこちらを見たがまた気にせずアメフラシを手に乗せた。別にいい、ということだろうか。
「と、撮っていい?」
「わざわざ言わなくてもいいのに」
呆れたように彼女は言ったけど、ちゃんとこっちを向いてくれた。たまにマナー君から彼女の隠し撮りが送られてきて、よくないと思いつつも保存してしまう。いい加減自分で撮った写真もほしいと思ったのだ。さすがにこのことは彼女に言えない。でもこんな笑顔の彼女の写真はマナー君には撮れない。柄にもなくそんなことを思った。
「サテツくんも触ろうよ」
彼女に手招きをされたので、スマホをしまって腕まくりをした。つぶさないか怖い、と言ったら水の中でつつくだけだよ、と言われる。ウニよりもヒトデのほうがハードルが低い気がしたので、ガラス面にへばりついたヒトデにそっと指を伸ばす。思ったより硬かった。
「はじめて触った」
「私もバイクの後ろ乗ったのはじめて」
水槽から手を引き抜いた彼女は、手を洗ってくるね、と水道のほうへ駆けていった。
