引いた線を消す


付き合う前、彼女と何度目かの食事に行った日のことだった。テーブルの向かいに座った彼女の爪がつやつやと輝いていた。乳白色なのだが、色とりどりに光が反射している。お化粧にも宝石にも詳しくないけど、そういう石があった気がする。その日は確か土曜日で、彼女は私服だった。平日はネイルをしていないようだから、何か特別な理由でもあったのかもしれない。
でも、つるつると沖縄そばをすする彼女に何も聞けなかった。何回かこうして会っているけど友人と呼んでいいのかも分からない時期だった。
「おいしいですね、サテツさんの知ってるお店どこも外れがなくてすごい」
「えっ、あぁ、あの、けっこうゴウセツさんとかにも訊いたりしてるから……」
「そうなんですか? お気遣いありがとうございます」
彼女はとても素直にお礼を言える人だ。そういうところもいいと思うけど、その時向けられる笑顔につい動揺してしまう。どういたしまして、と返したけどしどろもどろになってしまった。俺が店を選ぶときに毎回何時間も悩んでいたことは彼女にバレているのだろうか。


次の日、俺はロナルドとショットといつものようにギルドで飯を食っていた。三人とも今までの人生で彼女とかできたことないが、やっぱり若い男ではあるので三回に一回くらいは女の子の話になる。主な発端は大体ショットだ。ジョッキのクリームソーダを飲みながら、女の子とデートしてぇよぉとショットが嘆いている。
「俺のためにかわいい格好をして待ち合わせに来てほしい」
「ちょっと普段よりもスカートの丈が短かったりするやつな」
ロナルドとショットが盛り上がっているところに何となく入りづらいのは、自分の妄想の女の子に彼女の顔がはまっているからだ。普段はパンツスーツばかりの子がスカートとか履いて来てくれるところがいい、とか自分の心理が分かりやすすぎてちょっと自己嫌悪に陥る。仲良くしたい、と思ってくれていることはわかる。でも「仲良く」が何を指しているのか判断しかねている。
「爪とか何かきれいな色に塗られててさぁ、今日のためだよ、とか言われたい」
びく、と心臓が跳ねる。ラッキーなことに、二人とも俺の様子に気付いた様子はない。
「だってあぁいうのやってくれる店とかあるんだろ。好きな男に見せるためにそういうのやってる子は可愛い」
うんうん、とロナルドはひとりでうなずく。やっぱり彼女も、誰か見せたい相手がいたのだろうか。だって今日は日曜日だし。そしてその見せたい相手は男なのだろうか。分からない。彼女については分からないことばかりだ。なのに、こんな時でも唐揚げはおいしい。
「あっサテツお前一人で全部食ったな!?」
「マスター!唐揚げおかわり!三皿!」


「友達のサロンでやってもらった」
今日の彼女の爪は、いつかと同じように乳白色だった。前にも、とつっかえながら答える。
「前にもそんな感じにしてたよね」
「よく覚えてたね。男の人ってあんまりそういうの気にしなさそうだけど」
彼女が感心してくれるのに、曖昧な笑顔でかわしてしまう。だってその頃から好きでめちゃめちゃ見てたし邪推してたなんて言えない。
「前のはね、友達がサロンオープンするって言うからお祝いしに行ったときのやつ。それがけっこう良かったからもう一回やってもらった」
聞き返さなかった俺を誰かほめてほしい。それだけの理由だったのか。あんなにぐるぐるしてたのがバカみたいだ。ほら、と彼女がこちらに手を伸ばして見せてくる。
「オパールみたいでしょ。サテツくんに見せたかったんだけど、覚えてたなら違うやつにすればよかったかなあ」
「いや、その、かわいいと思う」
いつかのロナルドの言葉が頭の中をかけ回る。たしかにこれは嬉しいし可愛い。具体的な石の名前とイメージがやっと繋がった。本物の石のほうも好きなのだろうか。彼女の好きなものをもっと知りたいと思う。
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