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別れの話
志摩
志摩
「志摩くん、別れよう」
長年付き合った彼女からそう告げられた。
一瞬、時間が止まったような感覚に陥る。
信じられない。受け入れたくない。
「……なに、俺のなにが悪かった?」
声がかすれる。
冗談やろ? そんなこと言うわけないやん。
でも、彼女の瞳は真剣そのものだった。
「志摩くんは悪くないよ。……ただ、もう、これ以上一緒にいるのがつらくなっただけ。」
喉がひりつく。胸が締め付けられる。
そんなわけない。
つらくなるようなこと、俺は一度だってさせたつもりないのに。
「なんで? 言うてくれたら、俺、なんでもする。どんなわがままでもええから……お願いやから、俺を置いていかんといて。」
自分の声が震えているのがわかる。
こんな必死になるなんて、俺らしくないやん。
彼女はふっと笑った。
だけど、泣きそうなくらい悲しい笑顔で。
「……ありがとう、志摩くん。でもね、もう決めたことなの。」
——冗談やろ?
いやや、ほんまに行くんか?
ナマエちゃんのいない生活なんて、考えられへんのに。
彼女は最後に小さく「ごめんね」とだけ言って、俺の前から去っていった。
取り残された俺は、ただその背中を見つめることしかできなかった——。
数ヶ月後——。
風の噂で彼女が坊と付き合い始めたことを聞いた。
胸がズキリと痛む。
心臓をぎゅっと握られたみたいに、息が詰まる感覚。
「……は? なんで坊?」
納得いかん。
俺と別れたのに、すぐ次の男ができるなんて。
しかも、それが坊やなんて……。
「……取られてたまるか。」
そう思う反面、胸の奥底に別の感情が芽生えた。
坊なら仕方ない。
アイツは真面目で、不器用なくらい誠実で、言葉にも行動にも嘘がない。
俺とは違う。
俺よりずっと、彼女のことを大切にしてくれるんやろなって、なんとなくわかってしまった。
……いや、でも、やっぱり納得できん。
俺はまだ、彼女のことが好きやのに。
諦めるべきか、奪い返すべきか——
心が揺れる。
でも、どっちを選んでも、結局俺は“負け”なんやろな。
彼女が幸せなら、それでええんやろか?
それとも、俺はまだ彼女を求めてええんやろか?
答えが出ないまま、ただ空を見上げた——。
「なんでなん、……なんで俺じゃあかんかったん?」
声が震えた。
こんなにも必死になったことなんて、今まで一度もなかった。
彼女のこと、大事にしてたつもりやった。
傷つけたことも、泣かせたこともない。
いつだって、そばにおることを当たり前のように思ってた。
なのに——。
「俺、何か間違ってたんか?」
息が苦しい。胸が痛い。
笑って誤魔化すことなんて、今はできへん。
誰か教えてくれ。
何がいけなかったんや。
坊となら仕方ないって思う自分が悔しい。
でも、それ以上に納得できへん。
俺は、彼女にとって“特別”やなかったんか?
俺のそばにおるのが、一番幸せやなかったんか?
どこで間違えたんや。
どこで、俺は——彼女の心を手放してしもたんや。
「……なぁ、もう一回、俺を選んでくれへん?」
届かないとわかってても、そう願わずにはいられへんかった。
街で偶然、坊と彼女がデートしてるのを見つけた。
目を疑った。
でも、間違いようがない。
並んで歩くふたり。
楽しそうに話してる彼女。
……俺の隣にいたときと、なんも変わらん笑顔で。
カッと熱が上る。
身体が勝手に動いて、気づいたときには、坊の目の前に立っていた。
「……あー、そういうことや。」
坊が若干気まずそうに言う。
なんやねん、それ。
「そういうこと」って、なんやねん。
言葉の意味はわかる。
でも、納得なんてできへん。
「……俺のナマエちゃんやろが。」
自分でも驚くほど低い声が出た。
坊の手を握る彼女の指が、ピクリと動いたのが見えた。
俺は、彼女のこと大事にしてたつもりやった。
ちゃんと好きやった。
ずっと一緒にいるもんやと思ってた。
なのに、なんで。
なんで、俺の隣におらんのや。
なんで、俺の手じゃなくて、坊の手握ってるんや。
この手、俺のもんやろ?
その笑顔、俺だけのもんやろ?
俺のナマエちゃんやろが……。
心臓が締め付けられる。
叫びたいくらい、苦しい。
「……なんで俺じゃあかんかったん?」
誰に向けての言葉かもわからんまま、そう呟いた。
頭が真っ白になった。
「志摩くんは、私のこと大事にしてくれたよ。でも、それだと私がダメになっていくと思ったの」
彼女はそう言った。
「……は?」
俺のせいで、ダメになる?
そんなこと、思ったこともなかった。
俺はただ、彼女のことを大切にしたかっただけやのに。
「……大事にするのが、アカンかったんか?」
乾いた笑いがこぼれる。
俺は、大事にしすぎたんか。
愛しすぎたんか。
「……そんなん、納得できるわけないやろ。」
彼女の隣に立つ坊が、視線を逸らす。
気まずそうに、でもしっかりと彼女の手を握ってるのが目に入って、心臓がズキンと痛んだ。
「じゃあ、坊ならええんか? 坊とおったら、ダメにならへんのか?」
喉がひりつく。
苦しい。
「……そういうことじゃなくて。」
彼女が静かに首を振る。
「志摩くんは、優しすぎたの。なんでも許してくれるし、甘やかしてくれるし……でも、それじゃ私は変われないって思ったの。」
甘やかしすぎた?
そんなことで、俺は彼女を失ったんか?
「……俺は、お前のこと大事にしてたつもりやったのに。」
これ以上、何をどうすればよかったんや。
「志摩くんのこと、嫌いになったわけじゃないよ。」
——そんな言葉、なんの慰めにもならん。
嫌いやないのに、俺の手を離れて、坊の手を取ったんか?
「……俺の方が、ナマエちゃんのこと好きやったのにな。」
そう呟いた瞬間、堪えていたものが崩れそうになった。
「……は?」
耳を疑った。
坊が何を言うてるのか、一瞬理解できへんかった。
「やめぇや、志摩には悪いとは思っとる。それに、ナマエは悪うない。おれが無理やり付き合ってもらったんや。でも、もう、おれの彼女なんや、手出すなや。」
——無理やり?
なんや、それ。
ナマエちゃんは、自分から坊を選んだんとちゃうんか?
坊のことが好きになったから、俺を振ったんとちゃうんか?
「……嘘つけや。」
思わず、低い声が出る。
「ナマエちゃんは、俺とおったらあかん思ったから、別れたんやろ? ほんまにお前が無理やり付き合ってもらったんやったら……そんなん、納得できるわけないやろ。」
喉の奥が焼けるみたいに熱い。
心臓が痛い。
「……ナマエちゃん。」
俺は彼女の顔を見た。
彼女は何も言わんかった。
ただ、俯いて唇を噛んでた。
「答えてや。お前は……本当に、坊とおりたいんか?」
それとも——
「まだ、俺のことが好きなんか?」
頼む、もう一度だけ、俺を見てくれ。
俺の隣に戻ってきてくれ。
その沈黙の数秒が、永遠みたいに感じた。
「……今は、勝呂くんが好きだよ。」
彼女の声が耳に届いた瞬間、心臓がギュッと締めつけられる。
——今は。
その言葉が、引っかかった。
今はって、どういうことやねん。
今だけなんか?
それとも、時間が経てば、また変わるんか?
「……ほんまにそう思ってるん?」
自分の声が思ったよりも冷たくて、自分でも驚いた。
「俺のこと、もうなんとも思ってへんの?」
彼女は何も言わなかった。
目を逸らして、唇をギュッと噛んでた。
——あぁ、そうか。
「そんなん、嘘つくの下手すぎるで、ナマエちゃん。」
俺のこと、まだ好きなんやろ。
ほんまに好きなら、そんな曖昧な言い方せんやろ。
隣で坊が、眉をひそめた。
「……志摩、ええ加減にせぇや。」
「ええ加減にしてほしいのは、こっちや。」
俺は苦笑した。
「でもな、坊。俺、こいつのこと、まだ好きやねん。」
ほんまに忘れられるなら、とっくに忘れてる。
でも、俺の心は、まだナマエちゃんを求めてる。
それが、どんなに惨めでも、どんなに格好悪くても——
「俺のこと、まだ好きなんやったら、戻ってこい。」
そう言ったら、彼女はほんの一瞬、驚いたように目を見開いた。
その一瞬を、俺は見逃さんかった。
「……志摩、お前ほんとええ加減にせぇよ。」
坊の低い声が響く。
彼は強引にナマエちゃんの手を引いて、俺の前から連れ去っていった。
見送ることしかできんかった。
足が動かんかった。
——あぁ、ほんまにもう、戻ってこんのやろか。
それからの日々は、ただ淡々と過ぎていった。
気力も湧かん。
仕事も身に入らん。
何をしても心が空っぽのまま。
「……もう、どうでもええわ。」
そんな投げやりな気持ちのまま、仕事をしていた。
そして——。
ガシャーンッ!!!
「っ……!!!」
不意に身体が宙を舞った。
気づけば、俺は地面に倒れ込んでいた。
鈍い痛みが襲う。
血の匂いが鼻をつく。
あぁ、やってもうたな……。
意識が遠のきかけたその時——。
「志摩くん!!!」
聞き覚えのある声がした。
視界がぼやける中、俺の顔を覗き込む、泣きそうなナマエちゃんの顔があった。
……なんや、現場一緒やったんか。
「……なぁ、なんでそない泣いとるん?」
ぼんやりとした意識の中で、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「俺のこと……まだ好きなん?」
涙を流すその顔を見てしまったら、もう、期待してまうやろ。
「そんな顔したら、また……戻ってきてくれるって、思ってしまうで……?」
掠れる声でそう言った瞬間、彼女の手が俺の手をぎゅっと握った。
心臓が、ズキンと痛む。
身体の痛みよりも——この瞬間の方が、ずっと痛かった。
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「っていう、夢を見たんよ、怖かったぁ……!」
息を荒くして目を覚ますと、そこにはナマエちゃんがいた。
「ふぅん。」
冷静すぎる反応に、俺は思わず顔をしかめる。
「え、え? 夢よな? 夢やんな!? ……ナマエちゃん、ほんまに俺のこと振ったりせぇへんよな!??」
焦って両肩を掴む。
……だって、あまりにもリアルやったんや。
お前が俺を振って、坊の彼女になって、俺が未練たらしく追いかけて、仕事も手につかんくなって、大怪我して……。
——めちゃくちゃ辛かったんやで!?!?!?!?
「なぁ、ほんまに俺のこと好きやんな……??」
上目遣いで見つめる。
情けないのは分かっとるけど、今はそんなこと言うてる場合ちゃう。
「もう、絶対離さんといてな……? 俺、ナマエちゃんなしで生きるの無理やわ……」
ぎゅっと抱きしめると、ナマエちゃんが呆れたように笑った。
「……なにその夢。めんどくさっ。」
でも、その腕は、俺の背中にしっかりと回されていた。
「めんどくてもええ。ずっとそばにおって。」
そう囁くと、ナマエちゃんは小さく「しょうがないなぁ」と呟いた。
その声を聞いて、ようやく心臓が落ち着いた気がした——。
