深雪と花弁

「一人で食べられますって!」

「だめだよ。あんな寒い中にいたんだ、これから熱が出るかもしれない。遠慮しなくていいから食べて」

「心配性だなぁ……。スプーン使うくらい大丈夫ですよ」

 いつまでやってんだか。部屋の外から様子を伺う一同は全員そう思っていた。そろそろスープが冷めそうである。

 城に帰還した彩夏は特に怪我もなかったが、大事をとってベッドで温かくしているようにと言われた。実際風雪が吹きつける中ろくな準備もせず飛び出して凍えかけたので、大人しく自室のベッドに潜り込んだのだが。そこに幸村が手ずからスープを持って現れ、食事の介添えをすると言って譲らず冒頭に戻る。

「もうっ! 赤ちゃんじゃないんだから一人で食べられま「つべこべ言わない」

 結論から言うと、軍配は幸村に上がった。抗議の声を上げればもちろん口は開く。その開いたところに間髪入れず、スープスプーンを差し込んだのだ。

「!?」

「どう、美味しい?」

 目を白黒させる彩夏にどこか凄みのある笑顔で尋ねる幸村。牙の見える獣の笑みであることを抜きにしても圧を感じる。どうも何も、スープを作ったのは留守番組だったブン太で幸村は味に関係しないはずだが……。何も答えられないのをどう解釈したのか、彼はもうひと匙差し出してくる。降参して彩夏は口を開けた。

 押し問答している間に少しぬるくはなっていたが、温かく美味しい食事。それを味わい飲みこむ自分を見つめる幸村の微笑み。すぐそばに感じる体温や息づかい。なんだか久しぶりに、ぽかぽかするような穏やかな楽しい気持ちになっていた。まるで家族みんなで夕食の卓を囲んでいるような――。

 そこでハッとした。そうだ、ここに足りなかったのはこれなのだ。命と命が触れ合った時の温かさ、血の通った生き物が幸村しかいないこの城では生まれようのなかったもの。今日この時まで、きっと長いこと幸村は得られなかったもの。

 この人は、今までとても寂しかったに違いない。

「精市さん」

 放っておけない。そばにいてあげたい。

「なんだい?」

「これからは、一緒にご飯食べましょうよ」

 何かが確実に動き出していた。
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