深雪と花弁

 助かったのだ。そう理解した瞬間、へたへたと雪の上に崩れ落ちる。極度の緊張から解放されてどこも力が入らない。心臓だけがドクドクと早鐘を打っていた。

 傍らに野獣が膝をつく気配を感じて、そちらを見上げる。雪明かりに照らされたその瞳は穏やかに凪いでいた。

「怪我はない?」

 声が出ず、こくこくと首肯する。

「本当によかった」

 その目が細められる。笑っているのだと気づいて、彩夏は目を見張った。

「おい! 二人とも無事か!」

 遠くからそんな声がしたかと思うと、雪を盛大に撥ね飛ばしながらジャッカルが走ってきた。立派な馬車の窓から大丈夫かと顔を出した柳と静の姿に、ようやく生きた心地を取り戻す。

「彩夏ちゃん、寒かったでしょ! 早く帰って温まらなくちゃ」

「うん」

 どうにか立ち上がろうともがく彩夏に、野獣が手を差し出した。引っ張り上げられるようにしてやっと立つが、何故か野獣は手を掴んだまま動かない。

「どうしました?」

「いいのかい、当然のように城に帰って。俺はあそこに君を閉じ込めるばかりか、殺そうとしたんだよ」

 なんだ、そんなことか。彩夏は大きく深く頷いてみせた。

「私、お城での生活は結構気に入ってるんですよ。ふかふかのベッドで眠れて美味しいものも食べられてみんなとも友達になれて……あなたとも仲良くなりたいんです」

 そこで謝罪がまだだったと思い出し、一旦手を離して頭をしっかり下げる。

「なのにごめんなさい、約束を破って。あの薔薇、きっと大事なものなんですよね」

「大事な……まあ、そうだね。俺こそ悪かった。いきなりあんな暴力を振るって。ごめん」

 お互いに頭を下げ合って、あらためて野獣が手を差し出す。

「城に帰って落ち着いたら、話したいことがあるんだ。……君たちにも来てもらうよ」

 その言葉をかけられた犬と猫は、分かってるよと言わんばかりに立ち上がり馬車に乗ろうと寄ってくる。全員を乗せてジャッカルは城へ進路をとった。

 外を眺める野獣にもう一つ言い忘れていたことを思い出し、また頭を下げる。

「幸村さん、助けてくれてありがとうございました」

 初めて彼の名と思しき言葉を使うと、彼は窓から目を離してこちらを向いた。

「精市、って呼んでくれないかな」

「え?」

「幸村さんじゃよそよそしい。精市って呼んでほしいな。幸村精市。それが俺の名前だから」

 真っ直ぐこちらを見てくる目が、キラキラしている。最初はただ恐ろしかったはずの顔に、何か違うものを感じて胸がざわめいた。
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