深雪と花弁

「失礼いたします。 辻本様、昼食のご用意が整っておりますのでよろしければ食堂へご案内したいのですが、今のご気分はいかがでしょうか?」

 部屋の外から男性の声がしたかと思うと、扉が開いた。 開いた先には誰もいない――いや違う、アンティークの小さな置時計が床にある。 それもやはりトコトコと動いて入室してきたかと思うと、彩夏を見て素っ頓狂な声を上げた。

「仁王クン!? レディの部屋で一体何をやってるんですか!!」

 眼鏡越しの視線は、正確には彩夏がまだ手に持っていた物に向けられていた。 え、とそっちを見ると、ピヨと妙な声がする。 次の瞬間、握っていた燭台が生き物のように身じろいで勝手に蝋燭に火が灯り、金属の台座に顔があることに気づいた彩夏は驚きのあまり放り出してしまった。 燭台は宙返りのように一回転してベッドに見事着地する。

「プリッ、もうちょい丁重に扱いんしゃい」

「仁王さん、いたんですか?」

「部屋の用意が終わって出ていこうとしたら、思ったより早く幸村が連れて来よって出るに出られんようになったんじゃ。 で、せっかくじゃし誰の真似して驚かそうかと考えとったら小日向たちに先を越された」

「はあ……。 辻本様、大変失礼をいたしました。 私は柳生比呂士と申します。 そして彼は仁王雅治クン、共にこの城に仕える者です」

「ピヨ」

「よ、よろしく……」

 当たり前のように動いて話すティーポットとカップ、炎をゆらゆらさせながらニヤリと笑う燭台に溜め息を吐きつつ紳士然とした言動をする置時計。 最早理解の範疇を超えている。 ぐるぐる回るような彩夏の頭の中に、突然異音が響いた。 空腹を訴える腹の虫の声だった。

「やーぎゅ、お前さん昼食に呼びに来たんじゃろ、職務を全うせい」

「はっ、そうでしたね。 辻本様、もしよろしければ食堂にご案内させていただけないでしょうか? 他の皆さんとも顔合わせが出来るかもしれません」

「切原君は楽しみにしてましたしね」

「丸井君が久しぶりにケーキを作ってましたよ!」

「……じゃあお願いしようかな」

 戸惑っていたって仕方ない。 彩夏は立ち上がった。 少なくともいることが確定した切原君と丸井君というのが何であってももう驚かないぞと心に決めながら。
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