深雪と花弁

 雪深い冬だった。

 立ち枯れの木々が半ばまで埋もれるほど降り積もった雪を踏みしめ、鹿毛はどんどん遠ざかっていく。 彩夏は最後まで見送らず、背を向けて門が閉ざされる音を聞いた。 姿が見えなくなるのを目の当たりにしたら耐えられないと思ったからだ。

 城に沿うようにぐるりと巡る外廊を歩き、もう一つ門を抜け、二段構造になっている中庭まで来る。 そこで足を止め、目の前に聳える本丸を振り仰いだ。

 その壮大な城は雪の照らし返しも相まって、キラキラと光り輝きより一層豪奢に見えた。 けれどその眺めは何の慰めにもならない。 それどころか絢爛豪華なこの建築物は、自分に覆いかぶさり丸呑みにしようとする巨大な怪物のように思えてならなかった。

 無理もなかろう。 彩夏は父親の代わりに今からここに囚われるのだから。 どうすれば許され、いつ解放されるかも分からないまま。 しかもこの城の主は。

 観音開きの扉を開け、三階分吹き抜けになった玄関ホールへ足を踏み入れる。 正面の階段の中腹に、それはいた。

 繊細な彫刻にその身をもたれさせる大きな影。 全体的には黒い獅子のように見えるが、その頭からは何の動物のものでもない禍々しい一対の角が生え、まるで人のように二本の足で立っている。 鋭い牙、毛に覆われた恐ろしい顔つきの中に光る眼が、品定めをするかのように彩夏を見下ろしていた。

 この城を統べる、野獣だ。

「別れの挨拶は済んだかな?」

 野獣の問いかけに、黙って首を縦に振る。 野獣は目を細めて頷くと、階段を降りてきた。 迫ってくる大きく威圧的なその姿に思わずあとずさりそうになるのを堪える。 何をされるのか――。

「ついておいで。 城を案内しよう」

 思わぬ言葉にキョトンと間抜けな顔になる。 何か恐ろしいことを言い渡されると思っていたのに。 え、と声を漏らすと、そのままどこかに歩いていこうとしていた野獣は振り返り、首を傾げた。

「君はこれからこの城に留まるんだ。 どこに何があるか知っておいた方がいいと思うけど、余計なお世話かい」

「い、いえ、ありがとうございます!」

 機嫌を損ねて八つ裂きにされるのは願い下げだ。 慌ててついて行く彩夏を物陰からいくつもの目が追いかけていったが、当の本人は気づかなかった。
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