夢を見るのも未来を描くのも、キミと一緒がいい(光忠×長谷部)
『もしも時間を戻すことができたら、次は僕を選んでくれる?』
親が勝手に決めた、たった一度写真で見ただけの相手との結婚――
あいつと会うのも、今夜で最後にしよう。そう思っていた矢先に言われたのがこれだ。〝次は〟の意味も、こいつの気持ちも、何ひとつわからない。
握られた両手から伝わる冷たさ、震え。今にも泣いてしまいそうな表情。
俺はそれに何て答えればいい? どうすればいつもの光忠に戻る……?
「ねえ、長谷部くん。教えて?」
じっと、金色の瞳が俺の眼を見る。
「……質問の意味が、わからない。そもそも、時間を戻すことなど――」
「できないね。長谷部くんならそう言うと思った。でもね、よく考えて。もう会えなくなるんだよ? 僕たち」
眉を下げて、残念そうに言う。まるで幼子が友達との別れを惜しむように。
これでは俺の思考を読まれいるようで、ますます何を言っていいか困惑してしまう。
「あ、会えなくなるとは言わない、が。機会は減るだろうな」
こんなことが聞きたいわけじゃないだろう。そんなのはわかってる。わかってるのに、何か言わなければと紡いだ言葉は、きっと光忠を傷つけるに違いない。
「……だよね。だから、僕は長谷部くんからその答えが聞きたかった。でもこれじゃあ、長谷部くんを困らせるだけだね。ごめん」
「もっと……もっとわかりやすく言え。いつもは嫌というほどはっきり言うくせに、今日に限ってなぜ遠回しにする? 肝心なところは濁して言わない――そういうところ、俺は好きじゃない」
普段の光忠は、同じ男の俺に『好き』だの『愛してる』だのしつこい程に言う。そのくせたまに訳のわからないことを訊いてきたと思えば、途端に逃げる。
「それがイライラするんだよ、俺は」
「っ……長谷部くんが、誰かのものになっちゃうの、嫌だ。僕以外の人を選ぶなんて、絶対に嫌だよ……もっと早く君に信じてもらえるような好きを伝えてたら、僕を選んでくれた? もう長谷部くんと、一緒にいられないの……?」
泣くのを堪えたような掠れた声で。
(これは告白――と受け取ればいいのだろうか……)
いつもの男らしい低く響くような声を持つ光忠は、今ここにはいない。
こいつが自分に言い聞かせるように毎日言っていた〝格好良さ〟というのは、こうも容易く崩れてしまうものなんだな。
――なんて。冷静を装うと〝答え〟とは違うことを考えてしまう。
「まずは、お前がさっき言った『次は』の意味を教えろ。現実的に時間は戻せないし、お前はここまで俺に言ったんだ。いい加減俺に考えろだの面倒くさいことは言うな」
「ふぅ……わかったよ。〝次は〟の意味はみっつあるんだ」
「三つも? そんなの俺がわかるわけないだろう」
「ははっ。わかってくれたら嬉しいなって。それでね……ひとつ目は、君が例の結婚を考え直す。ふたつ目は来世のお話。みっつ目は……君が結婚を断れなくて、僕の前からも消えるって言うなら、僕と今日ここで死ぬ。長谷部くんが選ぶとしたらどれにする?」
三つの内容――特に〝みっつ目〟のものよりも、あの短い言葉の中にこんなに深い意味があったことに驚いた。
「お、俺は……」
三つも選択肢があるというのに、どれも俺には無理だ。親に逆らうことも、来世まで光忠を待たせることも、自ら死を選ぶ勇気もない。
「俺は、四つ目だ」
「よっつ目? 僕はみっつしか言ってないけど?」
「いいんだ、四つ目で」
光忠は首を傾げて、それでも真っ直ぐな瞳で俺の言葉を待っている。
「俺の四つ目は……『お前が俺を攫う』だ。俺をどこか遠くへ連れ出してくれ。誰も俺とお前のことを知らない、邪魔されない場所まで。それでは駄目か……?」
これが限られた時間で考え出した俺の答えだ。どちらも死んでいいわけがない。死んだら終わりだ。口約束の、存在するかもわからない来世などに期待なんてできない。だったら、今までのもの全部捨てて二人きりで……。
「それって長谷部くん。家族も友人も仕事も全部置いて、目に見えない未来を僕に預けるってことだよ? 長谷部くんの緻密に計算された人生が狂っちゃうよ? それでも――」
「それでもいい。俺が今まで手にしてきたものは、親が敷いたレールの上に落ちてたものをただ従順に拾っていただけだ。俺からしてみれば中身のない箱だ。全部捨てて、お前と駆け落ちってのも悪くない」
「まさか長谷部くんの口から〝駆け落ち〟なんて言葉が出るなんてね……」
「その先で最悪死が待っていても構わない。だが自ら死を選ぶなど許さない。お前も俺も死ぬ時はひとりだ。どちらが先に死んでも、残されたことを悔いず生きろ」
「え、じゃあ長谷部くんが先に死んじゃったら僕は……?」
「俺を先に殺すな! 俺が先に死ぬとわかっていれば、その前にお前を殺してやるさ」
「うん、それがいい。生きるのも、死ぬのも、長谷部くんとがいい」
「……そうだな、俺もだ」
この日俺は両親の住む家には帰らず、光忠の家で夜を過ごした。
縛るものが何もない、安らかな時間。その間、両親から何度もメールや着信があったが、その煩さも気にならないくらい心が満たされていた。
親が勝手に決めた、たった一度写真で見ただけの相手との結婚――
あいつと会うのも、今夜で最後にしよう。そう思っていた矢先に言われたのがこれだ。〝次は〟の意味も、こいつの気持ちも、何ひとつわからない。
握られた両手から伝わる冷たさ、震え。今にも泣いてしまいそうな表情。
俺はそれに何て答えればいい? どうすればいつもの光忠に戻る……?
「ねえ、長谷部くん。教えて?」
じっと、金色の瞳が俺の眼を見る。
「……質問の意味が、わからない。そもそも、時間を戻すことなど――」
「できないね。長谷部くんならそう言うと思った。でもね、よく考えて。もう会えなくなるんだよ? 僕たち」
眉を下げて、残念そうに言う。まるで幼子が友達との別れを惜しむように。
これでは俺の思考を読まれいるようで、ますます何を言っていいか困惑してしまう。
「あ、会えなくなるとは言わない、が。機会は減るだろうな」
こんなことが聞きたいわけじゃないだろう。そんなのはわかってる。わかってるのに、何か言わなければと紡いだ言葉は、きっと光忠を傷つけるに違いない。
「……だよね。だから、僕は長谷部くんからその答えが聞きたかった。でもこれじゃあ、長谷部くんを困らせるだけだね。ごめん」
「もっと……もっとわかりやすく言え。いつもは嫌というほどはっきり言うくせに、今日に限ってなぜ遠回しにする? 肝心なところは濁して言わない――そういうところ、俺は好きじゃない」
普段の光忠は、同じ男の俺に『好き』だの『愛してる』だのしつこい程に言う。そのくせたまに訳のわからないことを訊いてきたと思えば、途端に逃げる。
「それがイライラするんだよ、俺は」
「っ……長谷部くんが、誰かのものになっちゃうの、嫌だ。僕以外の人を選ぶなんて、絶対に嫌だよ……もっと早く君に信じてもらえるような好きを伝えてたら、僕を選んでくれた? もう長谷部くんと、一緒にいられないの……?」
泣くのを堪えたような掠れた声で。
(これは告白――と受け取ればいいのだろうか……)
いつもの男らしい低く響くような声を持つ光忠は、今ここにはいない。
こいつが自分に言い聞かせるように毎日言っていた〝格好良さ〟というのは、こうも容易く崩れてしまうものなんだな。
――なんて。冷静を装うと〝答え〟とは違うことを考えてしまう。
「まずは、お前がさっき言った『次は』の意味を教えろ。現実的に時間は戻せないし、お前はここまで俺に言ったんだ。いい加減俺に考えろだの面倒くさいことは言うな」
「ふぅ……わかったよ。〝次は〟の意味はみっつあるんだ」
「三つも? そんなの俺がわかるわけないだろう」
「ははっ。わかってくれたら嬉しいなって。それでね……ひとつ目は、君が例の結婚を考え直す。ふたつ目は来世のお話。みっつ目は……君が結婚を断れなくて、僕の前からも消えるって言うなら、僕と今日ここで死ぬ。長谷部くんが選ぶとしたらどれにする?」
三つの内容――特に〝みっつ目〟のものよりも、あの短い言葉の中にこんなに深い意味があったことに驚いた。
「お、俺は……」
三つも選択肢があるというのに、どれも俺には無理だ。親に逆らうことも、来世まで光忠を待たせることも、自ら死を選ぶ勇気もない。
「俺は、四つ目だ」
「よっつ目? 僕はみっつしか言ってないけど?」
「いいんだ、四つ目で」
光忠は首を傾げて、それでも真っ直ぐな瞳で俺の言葉を待っている。
「俺の四つ目は……『お前が俺を攫う』だ。俺をどこか遠くへ連れ出してくれ。誰も俺とお前のことを知らない、邪魔されない場所まで。それでは駄目か……?」
これが限られた時間で考え出した俺の答えだ。どちらも死んでいいわけがない。死んだら終わりだ。口約束の、存在するかもわからない来世などに期待なんてできない。だったら、今までのもの全部捨てて二人きりで……。
「それって長谷部くん。家族も友人も仕事も全部置いて、目に見えない未来を僕に預けるってことだよ? 長谷部くんの緻密に計算された人生が狂っちゃうよ? それでも――」
「それでもいい。俺が今まで手にしてきたものは、親が敷いたレールの上に落ちてたものをただ従順に拾っていただけだ。俺からしてみれば中身のない箱だ。全部捨てて、お前と駆け落ちってのも悪くない」
「まさか長谷部くんの口から〝駆け落ち〟なんて言葉が出るなんてね……」
「その先で最悪死が待っていても構わない。だが自ら死を選ぶなど許さない。お前も俺も死ぬ時はひとりだ。どちらが先に死んでも、残されたことを悔いず生きろ」
「え、じゃあ長谷部くんが先に死んじゃったら僕は……?」
「俺を先に殺すな! 俺が先に死ぬとわかっていれば、その前にお前を殺してやるさ」
「うん、それがいい。生きるのも、死ぬのも、長谷部くんとがいい」
「……そうだな、俺もだ」
この日俺は両親の住む家には帰らず、光忠の家で夜を過ごした。
縛るものが何もない、安らかな時間。その間、両親から何度もメールや着信があったが、その煩さも気にならないくらい心が満たされていた。
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