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晩夏の華 孤愁の影(クロノ×浅多)

 全く信じていなかったわけじゃない。――だが、100パーセント信じていたわけでもなかった。

 食後の、何をするわけでもないゆったりとした時間。
「クロノ」
「んー、何?」
 ソファーに座るクロノの膝の間に収まる僕は、俯いたまま彼の名を呼んだ。でもすぐには続きを話せないでいた。
 そんな俺を不思議に思ったのか、肩にあごを乗せて顔を覗き込んでくる。
「侑思? どうしたの?」
「あ……いや。大したことじゃないんだ」
「ふーん。けどそこまで言ってるんだから、ちゃんと教えてよ」
「……わかった。実は明日、仕事が休みになったんだ。お前もこの間、明日が休みだと言っていたから――」
「あ。そうそう、そのことなんだけど。明日は知り合いの退院祝いに、花火大会に連れて行く約束したんだ。侑思は久しぶりの休みだろうし、たまにはゆっくりしなよ」
 ――花火でも見に行かないか?
 なんて、言わなくてよかった。
「……ああ、そうだな。たまには静かな時間を過ごすのも悪くない」
 クロノが僕と行けないのは仕方がないことだ。そもそも仕事があると先に断ったのは僕なんだから。
 それにきっとその知り合いも、クロノと行くのを楽しみにしているはずだ。だから『行かないでくれ』なんて言えない。
「で、侑思は何だって?」
「あぁ……いいんだ。お前の用事がないことを前提に話していたことだから気にするな」
 クロノにそんな知り合いがいるなんて知らなかった。
 恋人のすべてを知っていなければ気が済まない、というわけではないが、ここはクロノが言うとこの人間界だ。死神界と違いクロノの知り合いはそう多くいるはずないのに、退院を祝うほど親しい人間がいるなんて……。
 その人が入院する前からの知人だったのか、それとも入院してからの……なのか。どっちにしろいちいち僕に言うことでもないし、僕から訊くことでもない。それでも、どうしてもその〝知り合い〟の人のことが気になってしまう。
 クロノは男の僕から見ても綺麗だし、かっこいい。その上、性別に拘らない奴だ。異性愛者の人間よりも恋愛対象は広い。
 仮にクロノが女性であったら、不安にならない男がいるだろうか?
 僕は明日、この部屋でひとりの一日過ごすんだろう。
 元は僕ひとりの場所だったのに、今ではクロノと二人というのが当たり前になっていた。
 ――当たり前なんてない。勘違いしちゃいけない。傷つくのは僕だ。僕はまた、傷つくのか……?
「侑思? そんな難しいカオして、またひとりで何か悩んでるんじゃないの?」
「……いいや。明日は楽しめるといいな。相手の方をガッカリさせるなよ」
「あ……うん。そうだね」
 僕はちゃんと表情を作れているだろうか?
 僕はいつから一人になるのがこんなに寂しいと思うようになった……?

 今夜は明日の準備があるからと、クロノは死神界へ帰っていった。
「はぁ……」
 クロノが帰った途端、疲れが一気に出てきた。
 クロノと出逢わなければ僕は今頃きっと、夢に溺れて死んでこの世にはいなかっただろう。けど、クロノと出逢って苦しむなら、夢を見続けて死んだほうが楽だったんじゃないか?
「フッ……馬鹿だな、僕は……」
 答えの出ない自問を繰り返し、あまりにも馬鹿馬鹿しくて笑えてくる。
 僕は終わりのないことばかり考えて、今夜はひとりのベッドで眠った。
 明日の朝は、僕を起こしてくれよ……?
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