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白と黒の境界(戦場+三嶽)

 瞼を開けたら、眩しいくらいに真っ白な天井が視界に飛び込んできた。
(どこだ、ここ……)
 そう思って首を動かそうとしたら、首どころか全身が動かなくなっている。
 ――痛てぇ。
 カタリと、近くから音がした。
「……おい、そこに誰かいんだろ」
 眼球しか動かせない俺は、実際いるかいないかなんて確信はなかった。ただなんとなく、そこにアイツの気配を感じた。アイツであってほしい……。
「塔士、俺だってわかったんだな」
 この声。
「……はァ? 誰がお前だっつったんだよ。自意識過剰なんじゃねぇの」
「ははっ。そうかもなぁ。……でも、また目を開けてくれて本当に良かった」
 今の俺にはコイツの顔は見えないけど、コイツが泣いてるってのはわかった。俺に気づかれないように声殺して、普通を装って。
 こんなクズみてぇな俺に構うコイツの頭が理解できない。
「……なあ」
「うん?」
「俺、なんでこんなとこにいんの。つーかここどこ」
 全身が動かせないくらいに痛くて、俺の意思じゃどうにもならない。
「何も、覚えてないのか?」
「だから訊いてんだろうが」
「そうだよな……きっと、知らないほうがいい」
 戦場が立ち上がり、俺の視界に入ってきてそう言った。情けねぇツラして。
「じゃあここは? 場所くらい言えんだろ」
「……病院。しばらくは安静にしてろってさ」
 俺は一体何をした? そんで、どうしてコイツの顔……。
「お前、ケンカでもしたのかよ」
 口元のガーゼは赤く滲み、額には包帯が巻かれてて、右腕にはギプス。
「ちょっとな。でも見た目ほど痛くないし、大した怪我じゃないから」
「あっそ」
 これ以上は何も言いそうもねぇな。
「もう帰れば? わざわざ見舞いみてぇなことしなくていいから。……お前も怪我してるみたいだし」
「じゃあ、明日も来るから」
「いや、いいから。さっさと帰れ」
 手で追い払うマネも出来なくて、思い通りにならない身体にイライラする。
 アイツであってほしいとか思ってたくせに、同じ空間に長くいてほしくなかった。
 コンコン。
「今度は誰だよ……」
 アイツと入れ替わるようにして、誰かがドアを開けた。
「おっ? やっと目ぇ覚ましたんか?」
 明るい声で入ってきたメガネのヤツ。コイツはコイツで脚を怪我してるらしく、松葉杖を使って歩きづらそうにしながらも、ベッドの脇にある質素なイスに座った。
「環くん、泣いとったで? 塔士くん何したん?」
「は? なんもしてねぇよ。お互い怪我人だから帰れっつっただけ」
「じゃああれは、安心の涙ってわけやな」
「……お前、俺がなんでここにいるか知ってんだろ。言え」
「なんやぁ、環くんから聞いてないんか。まぁ、言えるわけないな……ええよ、説明したる」
 この胡散臭いメガネが言うには、アウトディビジョンでの体験――主に交戦での魂的ダメージが何らかの原因で現実世界と完全に繋がってしまい、今までの蓄積されたダメージが現実世界で生きる刑徒たちの肉体に突如現れたってことらしい。
 詳しいことはまだわからなくて、番人と従者が調べてる最中だと。
「そんでもって、あっちでの記憶はこっちでも鮮明に覚えてるはずなんやけど……中でも塔士くんは特に怪我が酷いから、ちょっとした記憶障害が起こっとるのかもなぁ」
「……ふぅん」
「詳しいことは調査中やけど、時間が経てばまたいつもの分離した世界の感覚に戻るらしいで。ただ、原因がわからんことには今後も起こるかもしれへんな」
 これが原因で怪我してて、記憶が曖昧だってことはわかった。でもアイツが泣く理由がわかんねぇ。〝安心の涙〟? どういうことだ? 俺なんかのために誰かが泣くなんて有り得ねぇ。
「おいメガネ。戦場はなんで泣いてた?」
「それ僕に訊くんか〜? そういうのは本人同士でオハナシしたほうがええで。僕から言えるのは、これまでの状況だけや」
 言いたいことだけ言って、このメガネも病室から出て行った。
『もうお互い可愛いだけのお子様じゃないんやで』と、帰り際に付け加えて。

 わけのわからない事態から一週間が過ぎて怪我もだいぶ治ってきた頃、またいつものようなアウトディビジョンでの平和(?)な日常が始まった。
 変わったことといえば、気持ち悪いくらいに戦場とメガネが俺に優しくなたってこと。
 俺は誰にも左右されない。交戦でも手加減なんてしねぇ。俺が俺でいるためには、そうするしかねぇんだ。
 破壊以外の感情は知る必要ねぇ。知ってしまったら、俺は俺じゃなくなる。きっとそれが怖いだけで、本当はもうアイツの気持ちに気づいてんのかもしれねぇな。
 俺の知らない心の奥底で。

「塔士、動けなるまで怪我させてごめんな。でも、俺のことは許さないで。俺が負かしたことを憎んで、俺を忘れないで……」
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