はじまり
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青に目を焼かれた。
重力から解放されたような、体がぶわりと持ちあがる独特の感覚。装束の合間に空気が入り、足元の裾を広げる。肌色の膝小僧が覗いた。青い背景の中で、それがやけにスローモーションに見えた。
―――落ちる。
「ッ、結!」
空中で体をよじり、頭より上にあった足をぐいと引っ張って結界に着地する。逆さになっていたと分かったのは戻ってきた重力のおかげだった。上下の判断がつかなかったのだ。なにせ、青い。
「‥‥なんだ、ここ」
ざぱぁん。
耳を震わす轟音が水の音だとはにわかに思えなかった。ごうごうとせわしない水面は砕いたガラスをばらまいたようにギラギラ光る。眩しくて逃げるように上を仰げば、干乾びさせんと敵意すら持った太陽があった。
「チカチカする…」
思わず手で顔を覆った。額に触れた鉄の冷たさに密かに安堵する。両の中指には指輪があり、手の甲から腕まで紫の布が伸び、着ているのは我が家の正装だ。時人はいつもと変わらず裏会の仕事の要請を受け、全うしていた。場所はとある森。神佑地に赴き、調査と問題解決をして、必要なら神佑地内を安定させる。今日はさして問題のない小さな神佑地だった。予想より早く終わってしまい、迎えに来てくれる蜈蚣さんを見つけやすい所へ移動しようと踵を返した、のだが。
「‥‥はぁ」
なにがどうして海にいるのやら。境界の見あたらない溶けあった青空と海。果てのない大海原。とりあえず、ついさっきまで深夜の森にいた眼にこれはキツかった。
正直なところ、時人はそこまで動揺していなかった。夜目になっていた瞳孔には厳しい仕打ちだったが、とどのつまりいつもの異界だ。神佑地に異常も問題もなかったはずだが、土地の主の気に障ったのか気まぐれか。
街中にひっそりとある神佑地内に入ったらまるで秘境のような山奥にいたり、枯れた土地にある神佑地の内部には美しい池と滝があったり、異界の中というのは外の光景と同一でないのが定石だ。大抵が土地の記憶―かつてのその土地の姿を再現したものや、そこの主の望む世界をつくっている。
今回もそうだろう。ほんとうに不意に変わった景色が時人を驚かせたが、きっと強引に引きずり込まれたんだ。そう脳内で結論づけて、立ち上がり落ちてきた穴を確認する。入って来た道があればすぐに出られる。
「――くそ」
無かった。ついてない。
「別の出入口を探さないといけないパターンだな。もしくは自分で作るか…」
異界には小さい頃から慣れており他の異能者より場数を踏んでいる自負がある時人も、だだっ広い海の上では辟易する。探そうにも一面海水しかなければどこから向かえばいいのか。
「ーーぃ、ぉーぃ」
「…ん?」
大きな波音の合間から、声が聞こえたような気がしてぐるりと海を見渡す。陸地どころか岩すらないと思っていた中に、小さなヨットを見つけた。ほぼ時人の真後ろの方向だ。着地した時に全体を見回したつもりだったが、抜けがあったらしい。ようやく拳ほどの大きさになってきた距離では視線を感じとれなかったのも仕方ない。
(呼びかけてるってことは、敵意はなさそうだな)
ここの異界の主か、その手下の妖か。「おーい!おーい!」とぶんぶん振りちぎらん勢いで呼びかける肌色の腕。人型が三体のようだ。それとも匹か。妖を数える助数詞は特にない。
「おわッ!?こっち来るぞっ!!?」
やって来た入り口がないなら留まってる意味もない。「結、結、結」と結界を形成し走っていったら、二隻のヨットに別れて三人の顔があった。
「な、な‥‥!」
「‥‥‥‥」
女が慄き、男が無言で瞬いて、もう一人の男が身を乗り出して時人を凝視する。その目がやけにきらきらしているのが心地が悪い。なんなんだ。
「すっ‥‥」
「す?」
「っっっげェーーー!!!」
「、は」
「なあ!!お前なんだそれ!!?それに乗ってんのか?!おんもしれェーな!!おれも乗せてくれよ!!!」
(・‥‥、なんなんだ)
砕いたガラスなんてもんじゃない。
真昼のてっぺんで我が物でいる太陽だってこんな眩くないという強烈な光に、今度こそ瞳が悲鳴を上げた。裏や闇に慣れた目には直視できない純粋さという暴力をなんの説明もなく突き付けられた気分だ。
(、――、子サルの妖かな)
時人が再び顔を覆うのを不思議そうに覗き込む妖の扱いにしばし思考をフル回転させた。
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